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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 3「春刀」





マヌカン王「サーヴァントよ、お前は契約を交わし主であるリリンを守れ」



サーヴァント「ヤーンの契り……」

突然告げられた契約
しかもその相手は敬愛するリリン姫

重く伸し掛かる責任もあるが、それ以外にも素直に喜ぶことが出来ない理由が多くある



サーヴァント「…――わか……」

リリン「あの…お爺様、ヤーンの契りとは…?」

サーヴァントが答えを口にしようとした矢先、リリンが口を挟んでくる
若干17歳でマヌカン界の大魔術を学ぶリリンでさえ聞き覚えのない魔術

どんな効力で、危険性があるのか微塵も想像がつかないシロモノをそう安々と使う訳にはいかない


『ヤーンの契り』とは一体…


日景「圧倒的な力を有する者を我が手中とし
それを使役し
ヒトがヒトを統べる物、
これぞ鎮めの大魔法、ヤーンの契り成り。
…つまり、貴女様が彼奴を下僕として従えるという事になります」

マヌカン王「リリンよ。お前もよい歳になった…そろそろ王としての器を養うために人を傍に置いてはくれんか…?この老体を安心させておくれ…」

寂し気に話すマヌカン王
しかしその眼には新しい時代の担い手であるリリンを立派に育てたいという強い気持ちの火が灯っている
その為にリリンが心許すサーヴァントを従え、基礎を築いて貰おうと言い出したのだ




リリン「お爺様……私は…」



日景「お待ちを。」

決めかねているリリンに再び影から姿を現した日景
先ほどとはうって違い落ち着いてはいるものの、その視線には違う思惑が感じられる



日景「この者の力は余りにも暗く淀んでいます。ましてや先の戦いを見る限り、暴走していたではありませんか」



サーヴァント「……」

暗く淀んでいる…
その的確な言葉になにも返すことが出来ない
だというのに、なぜ…そんな自分になにも感じないのか、怒りも悲しみもなく
ただ、諦めに似た無の感情だけが込み上げる



リリン「彼は私を守ってくれたんです!!」

そうだ。さっきの戦いを二人は見ていた
確かに暴走したという事実は隠せない。

それでも、それでも彼には非がないと
自分を助けるために戦ってくれたのだと声をあげる


マヌカン王「陽輝よ…お前が申したのではないか…リリンにもヤーンの契りの素質があると…」

日景「お言葉ですが…対象者の品格が違い過ぎます、『コレ』は論外かと…」


リリン「…っつ!!!」


屋敷の空気が一変する
目に見えない風が視界を遮り、水のように肌にまとわりつく
清らかながら恐怖を併せ持つ、そんな密度の濃い魔力が彼女から溢れ出てくる


自分が貶されるのなら良い
だが、身を投して守り通してくれた彼を、ましてやモノ扱いする無礼

幾ら近衛生粋の戦士とは言え許せることではない



日景「…っ」


肌がビリビリと痺れる
紛れも無い怒り。

彼女のその形相に、周りにいた誰もが息を飲んだ
マヌカン王唯一人を除いて

マヌカン王「鎮めよリリン…陽輝、私はこの子達にかけているのだ。未来を…」

リリン「…」

血がなし得る技なのか
怒りに飲まれていた彼女にたった一言で冷静を取り戻させる

表には出ていない凄みが彼女の感情を抑えたのだ


マヌカン王「良いな?」

同じ威圧感が全員に向けられる

マヌカン王の計らいに反対する為の策がこれ以上見つからないのか
仕方なさげにサーヴァントを睨みつける



日景「殿下…致し方ない。ならばお前にチャンスをやろう」

サーヴァント「チャンス…?」


日景「ついてこい」

そう口にするなり日景はマヌカン王とリリンの傍らを抜けて屋敷の外へと向かった




サーヴァント「…庭?」

玄関を出て屋敷の裏へと歩を進めるとそこには広大な庭か広がっており、その中心に奴は立つとこちらを見据える


サーヴァント「一体なにを始めるつもりだ」


日景「なに難しいことはない…一太刀だけで良い、この木刀で私を打て…」


サーヴァント「っ…とと…」

日景はどこからともなく取り出した木刀を放り投げてくる
咄嗟に投げ渡されたそれを落としそうになるもなんとか掴みとり、剣技には不慣れながら構えを取って守りを固める


リリン「無茶です…!さっきまで戦っていたんですよ!」


今のサーヴァントはどう見ても疲弊しきっている。
とても戦いになるとは思えない、何せ相手はマヌカン最強の近衛兵なのだから…


マヌカン王「この位の事が出来ないのならば…それまでという事か…」

リリン「お爺様!止めさせてください…こんな無意味な戦い…!」


必死にマヌカン王に止めるように懇願するリリンにサーヴァントは笑顔を向ける


サーヴァント「良いんです…リリン様」


リリン「サーヴァント様…?」


サーヴァント「僕は…っ…自分で言うのもなんですが、この一日で自分が何者かわからなくなってしまったんです」


今までの生活、数々の思い出、どれもが輝かしく手に取れば暖かなものだった

今日という日が、あの戦いが全てを霞ませ冷たくなってしまったのだ


自分は本当は何者なのだろう…

何を求めているのだろう

自責の念に押し潰されてしまいそうになりながらも
心は答えを求めようと体を動かし続けている。


サーヴァント「人には、いつか己を知る時が来ると言います…きっと今がその時。ここで倒れるなら…それまでの一生だ!!」

――――土を踏みしめ、勢いを込めて走る。
敵と認識した対象へ剣先を向け、つま先で地面を蹴りさらに加速する



日景「……」

奴は無防備だ。
構えることもせずこちらを見据え続けるだけ



サーヴァント「…討った!」


この間合いならいける―――!

敵の眉間へと一撃いれようと木刀を振り下ろす
だが、木刀はある一定の位置を境に先へ進まない

まるで何かが邪魔をしているかのように


邪魔をした正体を知るのに時間はかからなかった



日景「……これが限界か」


サーヴァント「…なっ…!!?」

木刀は日景の頭部を打つことなく奴の右手の手のひらで、そっと添えられる様に止められていたのだ
限界まで勢いをつけ、最速で刀を振ったというのに

片手で全てを止められてしまっていた


日景「心意気は良し…だが、初手を間違えたな」


右手は木刀を瞬く間に握りへし折ると、その手を素早く切り返し手刀へと形を変えサーヴァントの首へと振りかざす―――


サーヴァント「っ…ぎ…!!!」


たった一撃で目の前が暗くなり息をすることすら出来なくなる

同じ「一撃」でありながら、こうも違うものなのだろうか


負けたという事実を認知しておきながら別の感情が湧き出る

これが死んだという事なのだろうか…


言う事を聞かなくなった体は地面へと突っ伏し
勢い良く叩きつけられて腫れた頬には夜の芝生は程よく冷たくて気持ちがよかった





――――――――――




――――――




―――







――――淀んでいる





なんか…こう、心の中が…


水の中に泥とか…油が注がれてるみたいで…



濁っている


というのが正しいのかも知れない



透き通りのない自分の心…これはもう…いや、もともと自分の心ではないのかも知れない



自分の名前

幼少期の記憶

家族の事

自分の夢

嬉しかったこと

怒ったこと

哀しかったこと

楽しかったこと


どんな些細な気持ちや記憶を思い出そうとしても、まるで電流のようなものが心の中に走り邪魔をする


汚れは進み、次第に微睡む





……?


何かが聞こえる
淀みきった泥水が音を立てているのだろうか






「……ちゃ…お……い…お兄…」




なんだろうか
とても心地いい…




「おにい…ちゃ…ん」






…僕を呼んでいる?

ダリアか?


…いや、違う…

泥水に波紋が浮きあがり、形作るイメージをぼかそうとする




――――っつ!!!



…今度は頭に電流が走る


ぼやけたイメージに映る顔の輪郭、声の明暗
はっきりとさせようとすればするほど脳は回転をとめようとする




なにが

なぜ



行きつく答えは決まってひとつだ





…やっぱり、どうでもいいや…

そう考えるようになって、ようやく頭に電流は走らなくなった



微睡みに沈んでいく意識
泥沼のような湖に沈むような感覚


不思議と暖かくて
真っ黒で不気味なのに、とても安らぐ


ああ、とても眠たい



ならいっその事眠ってしまおう

そう思った時だ






「淀んでいるな」




…今度はなんだ…?


若い男の声だ、とてもはっきりと聞こえる




「お前には生きた軌跡がない…空っぽと言っても良い。だが、それを気にすることはない」


軌跡がない?空っぽ?


何を言っているんだ

僕はサーヴァント、僕は…



僕は?



「…頭の中を掻き回されているんだ、お前は」



…?



掻きまわされている?

誰に?
何のために


お前はさっきから何を言っているんだ
そもそも、お前は何者なんだ?




「答えを聞かなくても、いずれわかる。」


「心が淀み濁っているのも全て頭の中を掻き回されているからだ」


「ならばなにも考えず心念を持って心で動け。何もない今のお前に必要なもの…それを与えよう」





必要なもの…






「お前の存在を決定するもの」




「おにいちゃ…」





…!

ぼやけていた声と顔の輪郭がくっきりと浮かび上がる



痛みや違和感はない






「己を…奮い立たせろ」





鮮明に…その姿を映し出していく


青い艶やかな髪に紅玉のような瞳

幼げな少女




彼女だ



僕は彼女を知っている




そう彼女の名前は―――――!









―――



―――――




――――――――――




日景「……」



ただじっと、日景は見ていた
地面に伏せる男を
止めを刺す訳でもなく、介抱する訳でもなく

まるで何かを待つかのように





マヌカン王「…もう良いじゃろう…陽輝、サーヴァントを屋敷に運べ…」



日景「――――畏まりました、殿下」

マヌカン王の深いため息を聞いた日景は倒れたままのサーヴァントに近づいていく



リリン「……」

だが、リリンはそれを許さないと言わんばかりにサーヴァントと日景の間に割って入る


日景「お退きを、この者は我々で面倒を見ます」


リリン「なりません。私が彼を引き受けます。下がりなさい…」


再びむけられる威圧感
その中にとても強い殺気を感じた日景はリリンから放たれているものとではないと気が付く


日景「…!?姫、お退きを!」


突然、日景が声を上げる



リリン「え…?」

日景「御免!」


一瞬で彼女の体は魔力の風の渦に巻かれ弾き飛ばされる

直後だった
布が激しく破ける音が聞こえ、またも魔力の風が巻き起こる



リリン「ぁ…」


その正体はサーヴァントだった
暴風の中、男二人が掴みあっている





サーヴァント「…ギ――――………!!!!」


日景「これが――――見事なものだが…!暴走して力がコントロールできないのであれば!!」


きって落とされた再戦の火蓋
回し蹴りを繰り出し、見事にサーヴァントの頭部に直撃させると、遠くへと弾き飛ばす。

相手の出方を見ながら態勢を整えるために距離を置いて様子を見る




サーヴァント「……!」

飛ばされて地面に落ちる時、サーヴァントの体が不自然な軌道を描き飛ばされてきた方向へと戻る

今の一瞬で地面を蹴っていたのだ
そして、いつの間にか手には先ほど折られた木刀の半分が握られおり、高速に振りかぶる



日景「この…化け物め…!」



日景が化け物と例えるのも頷ける
ヒトとは思えない四肢を使っての跳躍は獣そのもの。


サーヴァントが木刀を振りおろすと、日景は本来の魔力を解放させ木刀目がけて腕を振るう
どちらも神速、と言っても良いほどの素速い戦い


互いが交差し合う度、火花が散る
魔力同士が反発し夜の暗闇を照らすほど眩い大きな光は幻想的でありながら、見る者に戦慄させる



日景「さすがに捌き切れんな――――!!」


追い詰められた日景は自らの腰に手を当てる
まるで抜刀の構えだ

しかし丸腰の日景には武器などない


対峙するサーヴァントはそんな事など大して気にはならなかった
ただ眼前の敵を屠ることを最優先にする

その大きすぎる隙が日景の待っていた好機だった



日景「四季抜刀術――――『春刀目覚』!!」


腰を深く落とし、目の前に迫るサーヴァントをギリギリまで引き付けた彼は
添えられていた左手を右から抜き払う

今まで存在しなかった刀が彼の声に応えるように現れ、鞘から引き抜かれる

光り輝く銀の一閃は辺り一帯に甘い花の香りを放ち
暖かな風が束の間の夢のように儚く攫って行く



サーヴァントはただ、立ち尽くしていた



サーヴァント「………これは―――…」

外傷はどこにもなく
痛みどころか、不思議と体の重みが和らいだ感じさえする



日景「目覚めたか」



サーヴァント「あの声は…君が?」

声が震えている
今の自分に出せる言葉はこれで精一杯だった

今になって訪れる恐怖
間違いなく自分は先ほどの技で胴体を横断されていたに違いない

それにもう一つ
さっきのは夢…でいいのだろうか

いつも眠りで見ていた夢は思い出すたびに頭痛に悩まされ、記憶にとどめておけた試しがない
今回は不思議なことに、とても鮮明に覚えている
どちらもこれまで以上に感じだ事のないもので、ひどく不気味だった



日景「我が剣『モクサメ』は天地すら目覚めさせる…見つけたか、己の心を」



そうだったのか
彼はずっと僕が記憶を消さ…



―――――っ!!!


サーヴァント「…ぎ……ぃ…」

突然襲う激痛
それは日景が与えたものではない全くもって別のモノ


頭が重い

頭が痛い

頭が破裂しそうで

溶けてしまいそうで

苦しい


意識が、自分が保てない




リリン「サーヴァント様!!」

膝をつき頭を抱え苦しむ彼へと走り駆け寄る
自分の出来うる限りの治癒魔法をかけ、彼の苦痛を極力取り除こうとするも変化はない



普通のヒトの起こす頭痛ではない
この異常な光景にマヌカン王は何かに気が付いたようだ


マヌカン王「…陽輝よ」

日景「はい、この者は記憶の改変を受け洗脳に近いものをされています」


リリン「そんな…!」

日景の口から出た言葉を疑った
いつも傍にいる彼が何者かによって洗脳されている

記憶を改変され、事実を捻じ曲げられる事がどれだけ恐ろしいことか
自分には到底理解できない

それを彼は日々受けている…
苦痛の一言では言い表せない辛さ…


リリン「な…何かっ…方法は!?」


無意識に口から出た言葉がこれだけだった

本来記憶を改変する魔法は使われたものに回復の見込みはなく
その手だても見つからない
それ故に禁呪とまでされ、激しく規制されている

今では幻や噂の虚無の魔法とさえ言われる代物

私も、禁呪についての学は心得てはいるけれども、事が事だ
迂闊に手を出せば彼を余計に危険な目に会わせてしまうかも知れない

一体どうすれば…


日景「方法がございますが…」

日景の言葉にマヌカン王は黙って首を縦に振る


日景「姫…この者を本当に救いたいのですか…?」

リリン「勿論です…彼は私にとって大事な人…その為ならどんな事でも…」


嘘ではない
心から出た言葉…そう、私は確かに彼を…


日景「そこまでの覚悟があるならば…。では…結びましょう、この者とのヤーンの契りを…」



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