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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 1「生きた」





「―はぁっはぁっ!」






陽が沈み、街灯も点いていない街の路地裏道。
その中を息を乱しながら走る二つの影があった




「きゃっ!?」






影の一つが倒れこむ
路は暗く、アスファルトの歪につまずいたのだろうか
気がついたもう一つの影が駆けつけて寄りそう


「大丈夫ですか!?」



「わ、私は大丈夫ですから…先に…」



随分と長く走った為か肩で息をする彼女は無理に笑顔を作って見せるも
額に玉のように溢れ出る汗が既に体力の限界を物語っている。

そんな状態で、女性一人を置いて先に行けと言われて誰が進めるものだろうか…



「何を仰るのです…貴女を守るのがボクの勤め…さ、手を」


「は、はい…すみません」


二つの影は手を取り合い、再び闇の中を駆ける。


「―――――はぁ…はぁっ!」


どうして―――、…なんだってこんなことに…



ボクは――――


ボクは…





――――――――――



――――――――――








人間が、幾数百年の時をかけて機械技術を発展させ、
生きることに自由を欠くことが少なくなった


その頃からだ

人間以外の「ヒト」の存在が明らかになったのは…




彼らはかつて、すべての生き物は平等な愛と慈しみを持ち
それらをまた平等に他者に分け与えていたという

慈愛の体現。



『マケット』




彼らは生きること、手に入るすべてのモノへの執着

誘惑や欲求を包み隠さずに謳歌する
生きているものすべての心に潜む

欲望の体現。


『マヌカン』




かつて世界は彼らの争いの炎に飲み込まれ、
たくさんの命が焼かれて消えていった…



そして時は経ち、幾多の犠牲のもとに平和は約束された

これはその世界のお話―――――――





――――――――――



――――――――――





初夏の眩しい朝日が窓に差し込み、目覚めて間もない寝起きの頭をハッキリとさせてくれる



春が過ぎ、暖かさから僅かな暑さを感じる季節
ベッドから出ることになんら苦を感じない

そんな『僕』は部屋のカーテンと窓を開けて清々しい風と光を肌で感じ取り
朝という輝かしい時間を体感する






ここは、共生世界「ピース」





永久の和平を約束された地で、

他の世界を結ぶ懸け橋として様々なヒトが渡り住み、区別なく受け入れられ暮らしている



そう、世界は平和なのだ


今、この時は。




『コンコン』


静かなノックのあと、ゆっくりとドアが開く


「サーヴァント、そろそろ起きたら?」


隙間から長い朱色の髪をなびかせつつ部屋を覗いてくる

背丈が高く大人びた印象を持つ彼女の名はキショウブ

この家の主であり僕の姉
時に厳しく、そしてとても優しくて頼りになる人だ




サーヴァント「はい、姉さん」


いつもの平和な朝。

下の階から良い香りが香ってくる。
空腹を訴える体は食欲旺盛だ


一日のスタートを切るための大切な栄養源、しっかり頂こう。








リビング

そこには既に先客が来て食卓に並ぶ朝餉あさげをすすり、白米を頬張っている。

食事を楽しむ仕草がとても楽しげで、朝日に照らされる純白の髪が踊っているようだ


「あ、おはようお兄ちゃんっ!」

サーヴァント「おはようダリア。お前も毎日朝が早いね」



この白い髪が特徴的な子の名はダリア

姉さんと僕の妹だ

とても愛嬌があるため、なんでも彼女が通う中学校では人気No.1だとか。



ダリア「ふふ、早起きは三文の徳とも言われてるんだよ?朝ごはんも美味しく食べれるし、落ち着いて学校に行く準備も出来るし…あとは…ぇーっと…」

サーヴァント「ダリア。難しい言葉を使い博識振るのは良いけど…食べられる、が正しい言い回しだよ。」

ダリア「むむ、手厳しいお言葉…肝に銘じます」



朝から賑やかに他愛もない話をしながら食事を済ませると皆、それぞれ仕度を始める。

姉は別の世界で技術産業系の仕事をしており、妹は同じくマヌカンにある別の学校で魔法学を学びながら暇を見て姉の手伝いをしているらしい


ダリア「いや、やっぱり優秀だと引っ張りだこでツラみ!忙しいのよね〜」


キショウブ「いってらっしゃい」

ダリア「あり?え、ええええ!?いつのまにか食べ終えてる!?」


サーヴァント「いつまで食べてるんだ、いくよ?」


靴を履き、玄関を開けて外の空気を感じる



サーヴァント「行ってきます」

ダリア「待って、待てええ!!!」

後ろで見送る姉と靴下を片方だけ履いて歯ブラシを咥えている妹に、少し微笑んで挨拶をすると家を出た。





サーヴァント「…少し、蒸し暑い…のかな、?」



やけに眩しい
季節柄、しようがないのかも知れないけれど夏服の半袖だと腕が日差しでちりちりする


そんな事を考えていると僕の歩く先々に同じ制服を着た生徒たちの姿が目につくようになってきた



僕の通う学校は少し変わっている


この世には三つの世界が存在しており、近年までそのうちの二つが争いをしていた。
多大な犠牲を経て、ようやく三つの世界は手を取り合い共存することを選んだ


この学園は、そんな三つの種族を繋ぐところ

バラバラになったものを集め、世界で創立された最初の融和の象徴

共生高等学園「ピースフル」

マヌカンの民である僕は他のマヌカンの学校では受けられない貴重な事を学べる学校であるここを選んだ



サーヴァント「結構人気があったようで、入学できたのはマグレだけどね…」



教室に入るなり風が吹き抜けていく


ふと、目をやれば小柄な女の子が少し背伸びをしながら鍵を開け、
教室の窓を開けているようだった


「――――…あ!」


彼女がこちらに気が付くと小走りで走り寄り
近くへ来ると息を整えながら胸を撫で下ろして浅く頭を下げてくる


サーヴァント「……」


釣られてこちらも深々と頭を下げる

窓から吹き込む風は青く美しい髪を揺らし、甘い香りを運び込む



サーヴァント「…おはようございます。リリン様」



リリン「おはようございます、サーヴァント様…っ」


彼女はリリン。


マヌカンの姫君であり、次期マヌカンの王となる方だ。

いつも物腰が柔らかく、誰にでも敬愛する心を忘れることはない。

当時、その姿勢にマヌカンの未来の王としての器に不安の声が囁かれていたが、
彼女の訴えで当時堕落していたマヌカンは高い志を持ち、ヒトの心を理解できる種族となった。

その働きかけによりマケットとの関係は大きく改善される
若くても、強く寛大な心を持つ彼女こそ次の王に相応しいのかもしれない。






ホームルーム前


時間のこともあり、だいぶ慌ただしくなってきた
続々とやってくる他のクラスメイトたちと挨拶を交わしていく

他愛ない話というのが苦手なもので、周りの皆は気を使ってくれているのだろう
必要な時以外には話しかけてくる者はそう多くはない。


の…はずだが。


「さーくん、リリンちゃん、おはよう!」

サーヴァント「おはようございます。シンシア様」

リリン「おはようございます、シンシアちゃんっ」


彼女はシンシア

マケットの王。

リリンとは幼馴染ながら、対称の位置にいて既にマケットを収めている

先代のマケット王は既に他界しており先の大戦での多大な損失に対して、自身と引き換えにして
マケットとマヌカンの両方を取り持つように手引きした

家系からしても、彼女の先祖たちは何かしらの形で若い内に王の座を降り、次々に新しい世代へと託している。

リリン達と同じ十七歳で、ここには教養をつけるために来ているのだとか

勉強が苦手な面は歳相応だが
父を亡くしても、その強い心と信念は引き継がれ民を導いているあたり王の器は若き姫に宿っているのだろう


普段の彼女は、そんな大命を担っているとは思えないほど無邪気で明るい…
皆、その笑顔に惹かれているのだ


チャイムが鳴り始める中、最も遅れてやってきた気怠そうに歩く青年と目が合う


サーヴァント「おはようシャフ君」

シャフ「ん?あぁ、おはよう」



彼はシャフ

人族の青年だが、普段何をしてるのか解らない部分が多い…
気がついたときには隣にいたり、困った時なども背中を叩いて助けてくれたりする

縁の下の力持ちのような存在で彼を好く者も多い


教室の扉が開き担任が入ってくる

先生「ホームルームを始めます。」

先生「今日は特に案内は有りませんので挨拶を済ませ次第、各自一限目の準備を…」


今日も、なにひとつ変わらない…いつもの一日が始まる。





――――――――――




――――――――――




…始まりは人間が進化し、不可能を可能にする力を身に付け始めた頃だった

機械的に発展し、神の持つ力を再現した人類は、空想の物だと思われていた他の人類に遭遇する事を許された。

それが
マケットとマヌカン…二つの人類

二つの人類は機械的には発展していないが、魔法が使える。


マケットの慈愛はその寛大な心をもって、慈しみの雨をもたらし

マヌカンの欲望はその悪しき心で、如何なるものも滅ぼしてきた


人間が幾数百年もの時間を掛けて得ようとしてきたものを、彼等は初めから持っていた。

魔法は、個人の能力にも寄るが完全に奇跡の力を扱う事が出来る
結果。人間は他の二つの人類に比べて遅れていた。

ではなぜ、今になって人間は認められたのか?

先に述べた通り、魔法は個人差が大きく目立つ
対して人間が作り出した機械は、万人を問わず扱う事を可能としている

これが大きな理由だ。

魔法と機械の両立。

世界では、一般的な学問の他に魔法の要素が問われる

人は、魔法に理解を示し
マケットとマヌカンは機械を使う事を習う

存在する世界…
マケット、マヌカン、ピースは一つとなり、お互いのルーツを学び
共に発展して行く為に…


サーヴァント「以上が僕のレポートです。」

先生「とても良い所に着目しましたね…確かに人類…いえ、今ヒトは…」


特に思い入れのない課題の成果を話し終え着席すると、先生は授業を続ける

シンシア「さーくん、良くそんなに熱心になれるねぇ…アタシにはちょっと難しくてわからないよ」

隣に座るシンシアが、肘で小突きながら問いかけてくる


サーヴァント「今その役目を担う方が何を仰ってるんです。それにシンシア様、今は授業中です。私語は慎まれた方が無難かと…」


シンシア「むー…もっと愛想よく話せないのー?」
こちらの態度が素っ気なかったのか、彼女は頬を膨らませて睨み付ける


サーヴァント「お静かに…」

時折、シンシアの言葉が荒くなる時がある。
これも、彼女の王としての時間が与えたストレスなのだろうか…

あまり深く触れずに、気を紛らわす為であるのだと
そう自分に言い聞かせ彼女の誘いに乗ってあげる時が多くなって来ているのも悩みの種の一つだ




リリン「…」



――――――――――



――――――――――



放課後。




全ての授業が終わり、学生にとって一日の終わりとも言える時間。
部活へ向かうもの
委員会やボランティアに向かう者もいる


僕は特に運動や働きかけることが得意ではない。
なので何かに所属している、何かに憧れているなどの気持ちはない

要するにナマケモノの帰宅部だ。


ホームルームを終え、一目散に教室を出ようと教材を整理しカバンに詰めていると声をかけられる



「あの…よろしければ一緒に…帰りませんか?」


サーヴァント「え…?」


顔を上げれば既に帰宅準備を終えているリリンが傍に立っていた



リリン「駄目…ですか?」


サーヴァント「…もちろんいいですよ」



なにも珍しいことはない
二人には日課のようなものだ
なのに、どうしてだろうか…今日はなぜかお互いによそよそしく感じられる




帰り道。


初夏の夕暮れは明るく蝉の鳴き声がよく耳に伝わる


サーヴァント「今年は暑いですね…」

リリン「そうですね…あ、サーヴァント様。あんな所にアイスクリーム屋さんがありますよっ」

子供のように目を輝かせ僕の手を引き、甘味に惹かれ出店へと向かう姿を見るとやはり歳相応の女の子なんだと改めて思う


―――――、

サーヴァント「ン――――?」


不意に足を止めてしまい
手を引いていた彼女も連られて立ちどまってしまい、なにかあったのかと振り向いてくる


リリン「サーヴァント様…?」


サーヴァント「――――、いえ、なんでもないです」

手を繋いだまま、今度は僕が先を歩いて彼女をアイスクリームの出店へとエスコートすることに。



…なんだったんだろう、今…の電気が走るような感覚は…。



――――――――――


――――――――――



リリン「それで、今日の女子の体育の授業は…私の苦手な跳び箱だったんです。」

出店が用意してくれている席に腰を下ろし、一息入れる。
今日の起きた出来事がたとえ憂鬱なことでも、彼女は嬉しそうに話してくれる
そんな彼女の笑顔に僕はつい見入ってしまって時間を忘れるのだ


サーヴァント「ははは…リリン様が体育の話をされると、すべてが苦手のようですね」


リリン「あ…あぅ…サーヴァント様はいじわるですっ」


頬を赤らめ、恥じながらも精一杯怒っている姿は愛らしい。

他愛ない話をしてくつろいでいると、日は傾ききっていて夕方から夜になる頃合いだ



サーヴァント「ん…っ……?…」


不意に訪れる右腕の不信感
最近気にかけることが多くなってきた


一体なんなのだろうか、痛みではない
もちろん気持ちの良いものではない

なにか…、何かが足りていない。

軽すぎる…と言えばいいのだろうか



リリン「ふふ…サーヴァント様のその癖…本当に昔から変わっていませんね?」



サーヴァント「え?」


彼女の一言に、なぜか頭の中がぼやけていく



昔から……――――昔っていつだ?

…あれ…そもそも僕はいつ頃彼女と出会ったのだろうか?






――――――――――


――――――――――






リリン『本当に、お忘れですか…?私の事』






――――――――――


――――――――――




唐突に頭の中を過る言葉




ああ、そういえば彼女が「転校してきた時」にも変な質問されたな…あれって、「いつ」だったかな



――――まぁ、いいか…






リリン「サーヴァント様?」


遠くから声が聞こえる
まるで、古い記録に残された映像を眺めているような感じで、所々にノイズが走っている

心地よく、懐かしさを感じるのに…どうしてこんなに寂しいのだろうか


リリン「しっかりしてください…!、サーヴァント様!」



サーヴァント「―――――帰りましょうか」


リリン「え―――――あ、はい。そうですね…だいぶ遅くなってしまって…」


机を前に押し出し、椅子から腰を上げて立ち上がる

少しだけ苛立たしい
いったい何がここまでの喪失感を駆り立てるんだろう




サーヴァント「……」


リリン「…あ…」


彼女が呼び止める仕草が見えた気がするが気のせいだろう


なにもおかしいことはない

僕は…今が良ければいいんだ
なにもなくていい

変化なんて望まない


いい、いいんだ…


欲しているものなど――――ないのだから





――――――――――


――――――――――



すっかりと暗くなってしまった
少しの寄り道でこんなに遅くなるとは思ってなかった


サーヴァント「申し訳ありません、このような時間までお付き合いして頂いて……」


リリン「いいえ、言い出したのは私ですからサーヴァント様は何も気になさらず…」



もう少しで彼女の家につく。

彼女を見送ったら僕も早めに帰ろう。
きっと姉さんたちが心配してるはずだ


リリン「その…できれば、もう少し…なんて、」

サーヴァント「…あれ?」


リリン「…え?…」



道がない

いや正確にはどこかの路地に迷い込んでしまったようだ



サーヴァント「おかしい…間違えるほど道なんて多くないのに」


明らかにおかしい。
振り返り、後ろを見れば先ほどまで歩いて来た「道」というものが無くなっている

ただ、薄暗い路地が広がっているだけで…ヒトの姿すら見受けられない



リリス「これは…」

サーヴァント「リリン様…?」

何かに気が付いたのだろうか…首を傾げる彼女は徐にアスファルトの壁に手を添え
小声で何かを口ずさみ
それに反応するように壁は独特な模様を描き発光しはじめる


リリン「魔法…ですね。」

サーヴァント「魔法?」

リリン「はい。迷宮を作り出すもの…何者かが私たちを迷い込ませようとしているみたいです」

こと魔法に関しての反応は普段の彼女からは想像できない程に鋭い目つきで探り、的確に当ててみせる
解除は容易だと、誇らしげに笑顔を向けるのを見てこちらも安心して任せられる





――――――――――


『思い出せ』


――――――――――



サーヴァント「――――――――ぐ―っ…ぎ…!」


突如、頭の中で声が鳴り響く

優しくも、凛とした声は心地よく感じられるけれど
何かトゲのようなものが邪魔をして頭痛を誘発しているようだった


リリン「サーヴァント様…!?…何かが干渉している…すぐに解きますから!!」

僕の異変にすぐに気が付いた彼女はとても迅速に魔法の結び目を見つけ出し解いていく

解除は目前と迫った時だった――――






「さすがはマヌカンの姫君、触れただけで何の魔法かわかるとは…恐れいる」






闇に包まれた路地に響き渡る男の声。

空気を震わせるような低く放たれる言葉には覇気が満ちているが
同時に落ち着きもあり、昂りも感じられる


…ハッキリ言って、危険だ



サーヴァント「誰だ」

声の示す方向に視線を向け『敵』を睨み捉える




アレース「我はアレース。カイライの使いだ」

影に覆われた建物の塀の上に佇む白一点。

黒一色に染まる中で異色を放つ姿は
ヒトのそれとは言えないもので

脚は棘のように尖り
腕は岩をも砕きそうな金槌の様相…

とても歪で生き物を殺すために作られた形を成している


アレース「…、その波長……」


アレースと名乗る存在が見せる表情…とは言い難い視線は、
とても退屈そうにこちらを見下ろしている

先ほどの覇気と昂りは冷えた闇の中へとゆっくり溶け消えていき
感じられていた敵意も微塵もない


アレース「…道化にでも成り果てたか、愚か者め」

サーヴァント「…なに?…お前は、僕を知っているのか」



奴の放った言葉…

まるで自身を知っているような物言いだ
だが、このアレースと名乗る存在とは初めて顔を合わせる


アレース「…ますます不愉快だ。」

アレース「…もういい、私は与えられた命をただ果たすのみ」

ほんの一時
アレースはサーヴァントの反応に懐疑そうに首を傾げるも瞬時に戦闘態勢に入る。


僅かながらにこちらも構えを取るのに後れをとってしまう
しかし…一瞬だ、すぐにカバーさえできれば大きな代償になんて――――



アレース「―――――――――――遅いぞ!!」


サーヴァント「…!!」

速い――――!

敵の構えを目にした途端、体に衝撃が走り
その正体が敵が繰り出した拳によって生じたものと理解するのにまた数秒


アレース「ぬるい、たるんでる、臆病にして、滑稽!!!」

顔へ、腹部へ、転がされて背中、至る所へと振るわれる暴力の嵐。
視界が揺らぐ

痛い……

とても…痛い、意識を保つので精一杯だ




アレース「無様なものだ…ヒトに成り果てて、その非力さ―――ごみが!」

サーヴァント「ぐ―――ギ…!?」


視界が反転し、体がとても軽くなる




――――――――――宙を舞う感覚。




いや、殴り飛ばされているのか?
衝撃によって激しくぶれる頭では答えは出てこない。




リリン「サーヴァント様!!」



聞き慣れた声がノイズ混ざりで聞こえる
誰の声だろう



正直言って、何が起きたのかわからなかった

敵が一瞬で視界から姿を消したと思ったら、いつのまにか自身の懐に入られていた


殴られたのか、蹴られたのかさえ判別できない

…そもそも、どうして僕はまだ…生きているんだろう?
普通、ここまでされたら出血とか、骨折で意識を失ったり
痛みに耐えられなくて死ぬだろうに



でも―――
この、胸の奥で感じる


この気持ち昂ぶりはなんなのだろう?






サーヴァント「っぐ…!!」


落下した。
見事に頭から着地する

ただその苦痛に顔を歪ませ、額から嫌な汗があふれ出る


苦しい

痛い


そんな言葉では到底表すことが出来なくなり
視界には謎の言葉が綴られて意識を奪おうとする


『危険』

『安全性の確認の為、一時的な休止状態への移行を推奨』

『能力低下中、危険。』



やかましいな――――




リリン「…っあ…あぁ…」



力なく首が横へと向く

限界だ
もう、流石に意味不明な僕の頑丈さもここまでくると崩壊寸前。

霞む視界の中で一人の女性がぼんやりと見える


リリンだ


彼女は地面に激突し潰れたように倒れている僕の姿を、声もなくただ見ていることしか出来ない

ヒトは恐怖を感じると何もできなくなるという話は本当のようだ
逃げ去ることも、恐怖に狂うこともなく、ただ立ち尽くすのみ…


サーヴァント「――――――、」

頼む
どうか逃げて欲しい

僕を置いてでも…貴女は自分の事を考えて、――――。



アレース「終わったな…」


ただ、一言
伏せる敗者である僕に吐き捨てるように彼は呟くと
踵を返し、リリンへと歩み寄る




リリン「イヤ…来ないで…」




一歩ずつ、近づいてくる恐怖に体が自ずと後ずさる
どうやら過ぎた恐怖が本能によって上書きされて動けるようになったみたいだ

アレは…ヒトに似てこそいるが所詮は輪郭のみ。

目に見えて危険な存在が迫っていては悠長に立っていては餌食になるだけ…今は恐怖に打ち勝ち、逃げ切って欲し…い…。



アレース「マヌカンの姫君…私と共に来ていただこうか」


壁際へと追い詰められ、ついに逃げ場を失くす



それでもと、彼女は視界を動かし活路を探しても
完全に解除されていない魔法の中では何があるかわからない

そんな考えを延々と繰り返していると
敵は喉元へと腕を伸ばしてくる

鋭利に突起していたものを不細工な手へと姿を変えて、今にも触れようと手をかざした時だった



リリン「お願い…起きて――――…」




アレース「っ!?」

アレース「―――――――なんだ…いったい…」



アレースを襲う倦怠感
その正体はすぐに現れた





ぽたり、ぽたりと
周りのアスファルトに飛び散った赤い雫が暗闇なのに鮮やかに見え
液溜りの水音が、異質な空間を物語りながらも心を落ち着かせる



辺りを覆う不始末な肉が焼けこげる臭いと蒸気


全ての元凶はソレらの真ん中で立ち上がる、不気味に揺らめく影から発せられていたものだ




サーヴァント「―――――――――――ギ――――」




サーヴァント』という存在から――――





――――――――――



――――――――――






声が聞こえる




『――起きろ』






誰だ…、?





『お前の求めるものはなんだ』









求めるもの?






『なにを迷っている、なぜ立ち止まる』







迷う?








『進みたいのだろう…変えたいのだろう?』





一体何を…言っているんだ、誰なんだ…お前は…







『―――起きろ、今すぐに』









答えろ!!









『守れ――』








――――――――――


リリン「サーヴァント様…!」


――――――――――













『――――呼ばれているぞ――――』










リリンの声だ
悲鳴をあげている






――――守らなければ。











――――――――――



――――――――――














サーヴァント「――――ガッ――――ァ――!!」



アレース「なに!?――――――ガ!?」



地に溜まった血液から発せられる水蒸気は突如として爆発したかのように弾け、サーヴァントを高速に打ち出す

リリンへと近寄っていた敵を、彼女に触れさせることなく
また風圧などで怪我をさせないように細心の注意を払いながら遠くの壁へと弾き飛ばす



アレース「――――、ま、まさか…、コレは…」



サーヴァント「―――――殺ス、」



衝撃が強かったためか、民家を模した物体の壁は崩落し
瓦礫に埋まりながらもまっ黒な隙間から眼光を覗かせるアレース。

僕もだが、アチラも相当な硬さを有していると考えた方が良さそうだ



サーヴァント「ギュいぃぃぃぃ――――、」


着地と共にカラダの…あちこちから熱風が溢れ出る

熱い

だけど、とても心地良いものだ


汗を瞬く間に消し去り、害となるもの全てを吐き出すような感覚はクセになりそうだ




サーヴァント「グ――――ぎぃぃぃいぃい!!!!」


再び地面を大きく蹴って駆け出す
つま先だけでこの加速―――――


風を切ると言うのは、こうも素敵なものなのかと、人々に教えてあげたいほど清々しいものだ




アレース「調子に―――――」


アレース「のるなぁあああ!!」


瓦礫から飛び出し、腕を金槌のような得物へと変化させて逃げる事なく向かって来る

そんな彼に対して僕は、ただ――――



サーヴァント「死ネ、シネエええ!!!」




殺意だけでしか返すことができなかった






アレース「コイツ――――妙に頭が切れる―――!?」



サーヴァント「ガアアアアアアアアアアアア!!!!」







、生きた


この瞬間だけ、僕の頭の中は清く透明になった







アレース「馬鹿に突っ込む―――、いつまでもたせられるか、見せてみろ!」



サーヴァント「殺スぅううう”!!!」





体が動く


両腕を使い

脚で蹴って

空気を纏い

如何なる手段を用いて…加速した




アレース「っぐ…はっ!!!!」


右腕に、感情なんてものではない
ただ本能を込めて敵の顔面に拳をぶち込む


衝撃に耐えきれないアレースの体は湾曲したまま近くの壁へと突き刺さり
再び瓦礫に埋もれ動かなくなる






サーヴァント「ハァ――ァ―――ァァ…――――‐――!!!!」






リリン「あ…――…」










――――――――――――――――――






『起きろ――――――今すぐに――!!!!』





――――――――――――――――――







サーヴァント「―――――、――――−、−−、――――。」





”―――――――生きた



なに一つ変わらない平和な日常も



靄が掛かった己の記憶も




愛しい人たちの顔も






どうでもいい



ただ、気持ちよかったんだ。



今、生きることが―――。





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