最近=数日前のあれ

「お前、やっぱり臨也んとこに住んでんのか?」
「そうです、ね」


 空席となったトムさんの席に一瞥してから、ぎこちなくそう頷いた。
 なぜ行ってしまったんですかトムさん私の都合なんて知ったことではないでしょうけど、できるだけ早く帰ってきてください。
 心の中でそう念じて、微妙に目線を合わせようとしない平和島さんへと目を向け直した。
 サングラスのせいもあってか、表情があまり把握できない。楽しそうでないのは確かなのだけれど。


「平和島さんは怪我の具合、大丈夫ですか」 
「ああ」
「それは……、なによりで」


 そもそも別れた日にはもう全快していたような口ぶりだったのに、今さら何を聞いているんだろう。
 そう気付いた時にはすでに質問を終えてしまっていたので、変に間のあいた返事をしてしまった。
 そして、再び訪れる沈黙……なにこれ気まずいっ。

 店員としてはもうさがってしまってもいいのだけれど、むしろ私語をしている時点でいろいろとアウトなのだけれど、
 なんとか現状を打破しない限り、ずっとこんなやりとりが続いてしまう。それは、嫌だ。
 トレイを持っている両手の力を強めて、何か話題はないかと探してみた……が、平和島さんとの共通の話題って……ええと……、

 あ、ひとつ発見。


「平和島さんって、」「お前って、」


 お互いの声が重なり合って、端から聞けば何を言ったのかほとんど理解できなかったと思う。
 とりあえず、空気の緩和には失敗した。前にもこんなことがあったようななかったような、……確実にあったな。
 なんでこんなときに限ってこういうことが起こるんだろうね。

 そんなことはともかく何か気のきいた言葉をとあくせく考えていると、


「先に話していいか?」
「え、あ、どうぞ」


 やけに余裕のある声だった。
 あれ?前回こんな状況になったときは、凄く典型的に譲り合いとかしちゃったんだけど……あれ?
 そう疑問に思って首を傾げていたのだが、いつの間にか平和島さんと目が合っていて驚いた。
 
 こういうときって、大抵お互い目をそむけてませんでしたか……。


「バイト、いつ終わるんだ」
「多分七時ぐらいかと」
「七時か……休みは?」
「木曜日が定休日です」
「つーことは、明後日はバイトないんだな」
「はい」
「じゃあ、明後日の昼過ぎにこの店の前に来れるか?」
「どうでしょう……折原さんは定休日を知ってますから、バイトでもないのに出かけられるかどうか……ってあの、その日に何か私に用があるんですか」

 
 スムーズに会話が進行していた。
 喜ぶべきはずのものだが、若干違和感がある。
 確かに平和島さんはキレない限り静かな人ではあるけれど、何か、何か違う。なにが違うんだろう。

 そうして首を再度かしげていると、平和島さんがこともなげに、


「お前の顔見てえから」
「…………」 


 一瞬頭の中が真っ白になる。
 私の顔、わたしのかお、ワタシノカオ、私の、私?え、私の顔が、ええ、え。え?
 

「そ、そんな平和島さんが、ちかげみたなこと、じゃな、違、な、え、なんか、変ですよ平和島さん」
「そんなにお前が混乱するようなこと言ったか?」


 少し眉を潜めてその人は言った。
 やっぱり今日の平和島さんは変だ何が変かってそれはその、なんか、言動が千景っぽいというか。
 いや、どうしようと平和島さんと千景が似ているなんてことは喧嘩関係以外あり得ないんだけど。

 
「あと、この間言いそびれたやつ」


 そう言ったときだけは、微かに視線が外される。


「言おうと、」「こんなところでなにやってるのかな?シズちゃん」


 いきなり第三者の声が加わって、平和島さんはこめかみのあたりに青筋を浮かせ始め、私の周辺では空気が死んでいた。
 見つからないようにするって言ったのにっ。


「手前……いつからそこにいやがった……?」
「結構前から。それなのに気付かないなんて鈍いねえ、そういうのはその化け物じみた体質だけにしておいた方がいいんじゃないかな」


 そんな焚きつけるようなこと言わないでくださいよ折原さんっ。
 出入り口の扉の前で微妙に歪んだ笑みを浮かべている折原さんへ早くここから出ていくように言おうとした時、


「まあ、君とユウキを会わせるなんてこと俺は絶対にさせないから」


 じゃあね。と軽く手を振り、折原さんは足早に店内を出て行った。
 これで危機は去った、かと思ったのだが、


「……っつーことは、」


 平和島さんはいつぞや見たキレ笑顔(キレ顔+笑顔の略)を浮かべて、


「手前をぶっ殺せば、どの道うまくいくってことだよなあ!?」


 そんなことを叫んで、店内から飛び出すように出て行った。
 途中にあるテーブルは間をすりぬけていこうなんていうことをしてくれなかったので、いくつか引っくり返っているけれど、損傷はないようなのでよしとしよう。
 ふたりがいなくなったために静かになったフロアを見渡し、店崩壊はまぬがれたということへ安堵の息をついた。


「あー……悪いな」


 そう、すまなさそうにお手洗いの扉から出てきたのはトムさんだった。
 平和島さんが私に話をし始めたため、今までなかなか出てこられなかったのだそうだ。
   

「これ一口も食ってねえから、持って帰ってもいいか?」
「わかりました」


 運んだばかりの品物をさげて箱に入れ、紙袋に入れてからトムさんに手渡す。
 カウンターへ戻った時に捺寿くんが妙にニヤニヤしていたけれど、あまり気にしないでおくことにした。


「あの、平和島さんって最近なにかあったんですか。ちょっと変わりましたよね」
「最近も何も……まあ、俺の口から言うもんでもねえし、本人に聞いてやってくれ」
「さっき聞いてみたんですけど、凄く落ち着いた雰囲気で返答拒否されました」
「いや、別にあれ落ち着いてるわけじゃねえんだよ」


 そう言って微苦笑を浮かべてから、その言葉の意味を問う間もなくトムさんは店を出て行ってしまった。
 辛うじて「ありがとうございました」とだけ言い終えて、閉まり行く扉を見つめながら少しうつむく。

 この間最後にアパートでも思ったけれど、平和島さんは――――。


「情報屋なんだけどさ。あいつ、あんたがカウンター出てってから、ずっとあんたらの会話聞いてたぞ」
「え、」


 ついさっきまで考えていたことがすぐさま抜け落ちる。
 

「な、何か言ってなかったかな」
「なんも?けど、凄えしかめっ面だった」



 (最近=数日前のあれ)


 
 木曜日は強制引きこもりデー決定。

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あきゅろす。
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