「やっぱり駄目」
よく考える間でもなく私は平和島さんと気まずい別れ方をしているわけで、
でも、ここで捺樹くんに接客を頼んでしまうと避けているように思われそうだ。
……うん、これは私の自意識過剰で平和島さんは何も気にしていないんだと思おう。
「ああ、バイト。なら、あんま話しかけるのも悪いよな」
トムさんとの軽い挨拶のあとにここで働いているのかと聞かれたので、バイトですと返事をした。
そして返ってきたのがさっきの言葉。まあ、確かにその通りなのだけど。
ちなみに、平和島さんは私が注文を取るためにカウンターから出てきた瞬間手洗いへ向かって行ったのでそのときはいなかった。
トムさんが適当に平和島さんの分も注文してくれたので、特に問題ないと言えばない。
でもあれ?もしかして避けられてるのは私の方?
「捺樹くん、今って厨房行ってもいいのかな」
カウンターに帰ってきてからこそこそと捺樹くんに話しかけると、
「そこまで怪しい話はしてないだろうし、いいんじゃねーの」
注文された飲み物を準備しながら適当にそう言われた。
「じゃあ、ちょっとだけここお願い。お客さんが増えたら呼び戻して。折原さんに裏口から帰るように言ってくるから」
「ああ、情報屋と喧嘩人形は犬猿の仲なんだっけ」
「そうそう。鉢合わせなんてしようもんなら、ここ多分崩壊するよ」
「そういえば、あんた喧嘩人形とも知り合いなんだよな。なに元彼?」
「…………」
――とりあえず無言で首を横に振っておいた。
どこからそんな発想に至ったのだろう。そんなに気まずかったのかな、私と平和島さんとのやりとりは。
軽く頭を押さえながら厨房へ通じる扉を開けると、丁度折原さんが出て行こうとしたタイミングだったらしく、目の前にその人が立っていた。
と同時に、店内から手洗いへの扉が開く音が聞こえ、一瞬にして血の気が引く。
「どうかし、」「黙ってくださいっ……」
声を押し殺してとっさに折原さんの口を手で覆い、厨房内へと押し返す。
仲悪いのになんでこういうタイミングはバッチリ合うの?池袋七不思議に加えても良いんじゃないかなこれ。
自分なりに焦ってどうでもいいことに思考を巡らせていると、右手首が掴まれていることに気が付いた。
そして、自分が折原さんに何をしていたのかを思い出した。
「ち、違いますから」
「何が違うのか俺には分からないんだけど……とりあえずそこ退いて。話は帰ってから聞いてあげるから」
「じゃなくて、あの、当店は裏口からの帰宅をおすすめしています」
「もしかして、店内に見せたくないものでもあるの?」
未だ掴まれている右手首への力が、うっすら強まったように感じた。
それに比例するように笑みを深くしていった折原さんへ「ないですよ」「目線そらせながら言われてもねえ」一発でばれた。
厨房にいるはずの店主さんに応援を頼もうとしたのだけれど、その人の姿はどこにもない。捺樹くんはカウンターだし、味方の出現は期待できそうになかった。
なので、折原さん相手にこれ以上誤魔化すのは無理だと諦め、平和島さんたちがここに来ていることを正直に話すと、
「失念してた」
ぼそりと折原さんがそう呟いた。
「ユウキ、やっぱりバイトやめてよ」
「何を急に」
「シズちゃんが来るかもしれないっていう可能性を考慮しなかったわけじゃないんだけどさ、うん。やっぱり不快だからやめて」
「やめませんよ。ていうか、早く裏口から出てください。理由は折原さんが一番理解しているでしょう」
「ああ、シズちゃんとの邪魔をされたくなから?」
「とばっちりを受けるのが嫌だから、です」
「少しは俺の心配をしてもいいと思うんだけどねえ」
「だって、平和島さんとそういうことになったのは折原さんが仕向けたかららしいじゃないですか。自業自得以外の何物でもありません」
「それ、誰から聞いたわけ?」
「波江さんがそれらしいことを言っていました」
「……あ、そう。それにしても、君ってシズちゃんのことは絶対に悪く言わないよね」
そう皮肉げに笑って、折原さんは私の手首から手を離した。
じんわりと痛む手首をさすりながら、確かにそうかもしれないと少し考える。
私が本気で平和島さんに悪態をついたことなど記憶にない。あったとしても、全く本心からではないし、何かの誤魔化しとしてばかり利用していたような気がする。
逆に折原さんへは本心から悪態づくことも多々あるのだけれど、これってやっぱり第一印象によるものなのかな。
でも、折原さんが悪いこと(道徳的にだったり法律的にだったり)をしていても、私はそれを容認しているようなところもあるのだから、いろいろと矛盾だらけだったりするんだけど。
「まあ、別にどうでもいいんだけどさ」
折原さんが今までの会話を絶ち切るようにしてそう言い、
「要するに、シズちゃんに見つからなければいいんだよね?なら、彼が帰るまでここにいても俺は見つからないよ。どうしても今出ていかないといけない理由なんてないんだし」
なんて言い含められてしまって、結局平和島さんが出て行った後に帰ると言う形で話がおさまってしまった。
釈然としないままカウンターへ戻ると、捺樹くんがにへらと軽く笑いながらこちらを振り返った。
「準備済んだから、ウエイトレスよろしくー」
「……了解ー」
気だるい会話を終えて、用意された品物を見ながら息をつく。
気まずい空気の換気方法って、ないのかな。
♀♂
「ストーカーみたいっすよ」
「君には関係ない」
横から冷やかすように笑った捺樹に対してはそう言ったものの、確かにストーカー染みた行動ではあるような気がした。
ユウキたちの様子を見ようと厨房から出てカウンターに身を隠しているなんて本当にそれっぽいし、馬鹿らしい。
が、いろいろと自覚済みのあの男と彼女を引き合わせるのも都合が悪い。
シズちゃんって変なところで思い切りがいいからなあ。
真正面から告白なんてされようものなら、彼女が頷く可能性こそないものの(自己判断)、それでも彼女がそれを意識しないことにはならないだろう。
そのまま気まずい雰囲気で関係が朽ちるなら大歓迎だが、未だ自分を追いまわし続けている彼がそう簡単に諦めるとも思えない。
そもそも、彼女にそういう行動をすること自体を黙って見ていられない。
それも含めてこのバイトを辞めてほしい。
篠宮たちの登場はサプライズではあったが、まだ許容できる範囲だ。でも、彼は許容できない。する気もない。
「あー、ドレッドの人席立ちましたよ」
「……見えてるよ」
ユウキが業務的な口調で品物をテーブルに置き終えたとき、気を利かせたつもりなのか席を立つ彼の上司が見えた。
そこは空気読まなくていいのに。
「で、野崎さんはあいつのことが好きなんすか」
「それはないね」
「じゃあ、むしろリバースな感じで?」
「情報料を払ってくれるなら教えてあげるよ」
「分かり切ってるものに払う金なんてねえっすから」
へらへらと気の抜けた笑みを浮かべている彼は放っておくことにし、不快感しか煽らない光景へと集中することにした。
(「やっぱり駄目」)
どうにも終わらない。
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