疑問、我慢比べ、チャット部屋にて

 正臣くんと帝人くんが帰った後、今日は杏里ちゃんの家へ泊めて貰うという話になった。
 外もすでに暗くなっているので、夜道をひとり歩くというトラウマフラッシュバックな状況にならなくてよかったと、人知れず安堵の溜息を吐く。やれやれ。

 それにしても、正臣くんの様子が変だ。病院で会ったときと同じような、警戒されているような雰囲気。今度、沙樹ちゃんに話を聞いてみようか……いやでも、本人が知られたくないことを探るのもあれかな。
 とりあえず、そのことについては様子を見ることにしよう。いざとなったら杏里ちゃんや帝人くんもいるんだし。

 そうだ。ちなみに、平和島さんにはすでに連絡済みなので、杏里ちゃんの家に泊まることには何も問題はない。
 というかさ……机の向かい側に座っている杏里ちゃんをじーっと見て、溜息をつきたくなった。

 何を食べたらそんなスタイルになるんだろう。

 実際に口に出してしまうとただのセクハラ発言なので、言わないけど。
 

「あの、どうかしたんですか?」
「ちょっと無い物ねだり」
「え?」
「ごめん、なんでもない。元気になってよかったなと思って」


 別に口から出任せを言っているわけではなく、本当にそう思っていた。
 少しきょとんとしてから、杏里ちゃんはありがとうございますと言って小さく微笑む。
 

「その、話は変わるんですけど……前からひとつ、ユウキさんに聞こうと思っていたことがあって」
「なにだろう」


 少し迷うように間を空けてから、


「ユウキさんって、チャットとかしますか?」
「……最近はできてないんだけど、ちょっと前まではやってたよ」
「じゃあ、その、セットンさんっていう方、知ってますか?」


 セットンさん?
 急に出てきた行きつけのチャット部屋の話題に首を傾げて「知ってるけど」そう頷いたところで、あっと気付く。


「あのチャット部屋に行ってるんだ。甘楽さんとか、田中太郎さんがいるところでしょ」
「そうなんです」


 私の言葉へ安心したように息をつき、杏里ちゃんは言葉を続けた。


「それで、過去ログにユウキさんの名前を見つけたんですけど……」
「ああ、うん。それ私」
「あの、本名って危なくないんですか?」
「危ないと思う。から、次からはハンドルネーム変えようと思って」


 もうあんな目に遭うのはご免だ。
 そうやって脱本名使用を決意し直してから、ひとつ思いついた。


「今からチャット部屋いこうか」
「え、今からですか?」
「うん。杏里ちゃんがどういうハンドルネーム使ってるのか気になるし、本当に最近行けてないから」


 甘楽さんに会うのは少し気が引けるけれど、まあ、そこまで絡んでは来ない、と思いたい。


「わかりました」


 杏里ちゃんがおずおずと頷いたのを確認して、私はレンタルの携帯電話をとりだした。



 ♀♂



 ――きゆさんが入室されました――


〈こんばんは〉

【あ、新しい人ですか?】

[きゆさん、ばんはー]

《むむっ、新参と見せかけて、その正体はユウキさんですよ!》

〈…………〉

【えっ、本当ですか?】

〈本当です、お久しぶりです〉

[一ヶ月も音沙汰なしで心配しましたよー]

〈すみません、携帯が使えなかったので〉
〈それより、どうして私だと? >甘楽さん〉

【IPとかじゃないですか?】

〈携帯変えたんです〉

【それは……えーと】

《フッフッフ、甘楽ちゃんにはユウキさんの電波をキャッチする能力が備わっているんですっ》

[甘楽さん、発言が危ないですよ……]

《冗談ですよぅ》
《勘で言ってみたら、当たっちゃいました☆》

〈すごく嘘っぽいですね〉
 
《あうッ》
《やっぱりユウキさん冷たい!ツンの後はデレをください!》

〈すみません。私ツンドラなので〉
〈それより、最近新しい人とかきてませんか?〉

【ひとり、罪歌さんっていう人が来てますよ】

〈……一時期、もの凄く書き込みをしていた?〉

[ああ。そのことなんですけど、どうやら罪歌さんが初めてここへ来たときにウイルスに引っかかっていたらしくて、そのせいなんじゃないかって]
[罪歌さんはまだネット初心者らしいですから、仕方ないですよ]

{すみません}

[!?あれ!?]

{あのときは ほんとうに すみませんでした}
{それと きょうは これで しつれいします}

【お疲れ様です罪歌さん】

[罪歌さん、いたんですか!?]

《発言はしてないんですけど、結構前からいましたよねー》

{ネットかいせん きるのわすれていて}

[そうだんだ……]

《そうです!それと入室者一覧ぐらい見て下さい!》

[えっ?そんな表示どこにも……]

〈ないですよね〉

【入室者一覧?】

{まだなれてなくて}

【そんな表示どこにあるんですか、甘楽さん】

《あっ、いっけない。これ、管理人しか見れないんでした!》

[甘楽さん……。まあ、ともあれ、こんばんはですよー]

{こんばんは}
{あいさつできなくて すみませんでした}
{ありがとうございました}
{すみませんでした}

《なんで謝るんですかw》

〈またねー〉


 ――罪歌さんが退室されました――


[罪歌さんおやすみなさーい。っていうかまだ8時前ですけどね]

〈じゃあ、私も今日は落ちます〉

《うむう、ユウキさんは罪歌さんとお知り合いなんですか?言葉使いとかがそれっぽいですー》

〈あの、きゆですから〉
〈罪歌さんとはリアルで知り合いです〉

【そうなんですかー】

[あ、私も罪歌さんと知り合いなんですよ]
[もしかすると、どこかで会ってるのかもしれませんね]

内緒モード[えっと、今まで黙っていたけどセルティです]
内緒モード[杏里ちゃんと仲良くしてあげてね]

〈そうかもしれませんね〉

内緒モード〈薄々気付いてはいたので。むしろ、仲良くして貰ってます〉
内緒モード〈今日はお泊まりです!〉
内緒モード[そうなんだ]
内緒モード[楽しくしてるみたいで安心したよ。とにかく、しつこいようだけど臨也には気をつけてね]

《あれれ、なんだか二人とも黙ってますねー?》
《内緒モードですかっ、わー!私もいれてください!》

〈スルーしますね〉
内緒モード〈用心します〉

【甘楽さんって、本当によくきゆさんに絡みますよね汗】

《だって、今絡んでおかないと、次いつきてくれるかわかんないじゃないですかー!!》

〈それでは、本当に失礼します〉
〈またきますねー〉

内緒モード《せっかく罪歌のことについて教えてあげようと思ったのになー》

〈その手には乗りませんから〉
〈いまのは気にしないで下さい、太郎さんとセットンさんは〉
〈ではではーノシ〉


 ――きゆさんが退室されました――





 ♀♂




「すみません、携帯の電池が危なかったので……」
「いや、別にいいよ」


 携帯を閉じながら、申し訳なさそうな杏里ちゃんの言葉に表面上頷いた。


 折原さんにはああ言ったけど――――罪歌が杏里ちゃんって、どういうこと?  



 (チャット部屋にて)



[甘楽さん、またきゆさんに何かしようとしたんですか?]

内緒モード【そのうち愛想つかされますよ……】

《もうっ、3人ともひどいですー!!》



「ユウキもゆずる気はないってことか……」

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