これは嘘ですか
「杏里ちゃん、野菜の大きさはもう少しそろえた方が良いかも」
「す、すみません」
「いや……病み上がりだから仕方ないよ」
「……すみません、前からこうです」
しまった。
少し俯きながらそう言う杏里ちゃんに急いでフォローをいれようとしたのだけれど、どれを言っても空振りになりそうだ。
とりあえずまな板にのっているにんじんの切れ端を1つ手に取り、
「この大きさは凄く良いと思うから、次頑張ろう」
「は、はい」
褒めて伸ばすことができるなら、それに越したことはないと思う。
再び包丁を構えた杏里ちゃんを見守りながら、少し後方へ意識をずらすと高校生男子二人がなにか呟きあっている声が聞こえた。
何を言っているのかまでは聞こえないけれど、まあ別にいいか。そうして意識を杏里ちゃんへ戻すと、指を切りそうだったので慌てて止めに入った。
今日の夕方頃に退院した杏里ちゃんが、正臣くんと帝人くんに何かお礼をしたいと言ったのは午前中のことだった。
『じゃあ、ちょうど私もいるし、手料理でも作ってみたらどうかな』
『……喜んでもらえますか?』
『それはもう、"凄い"がつくぐらいに』
特に帝人くんはもの凄く喜ぶと思う。なんてことは言わなかった、さすがに。
そういうわけで杏里ちゃんの退院祝いに駆けつけた二人へそのことを話してみると、思った通り帝人くんは分かりやすく、正臣くんは明るく喜んでいた。
杏里ちゃんも安心して笑っていたのでよかったと思っていたんだけど……その、とにかく頑張ろう杏里ちゃん。
「前にも言ったけど、料理は慣れだから。場数踏めばなんとかなるから」
「なんとか、なるんでしょうか」
「なる、大丈夫」
誰も経験なしにうまくなるなんてこと、ないからッ。
♀♂
「洗い物は、私がしますね」
「じゃあ、私も」
「いえ、あの、ユウキさんは座っていて下さい」
なんとか無事に料理を作り終え、私は久しぶりの平穏な夕食をとることができた。
最近はいろいろそれどころじゃなかったから……いやもう忘れよう。とにかく3人の会話は聞いているだけで楽しかった。
以前会ったときは深刻そうな顔をしていた正臣くんも楽しげにしていたし、それだけでお姉さんは嬉しいです。
「やっぱり、僕も手伝ってくるよ」
「おー。なら俺は、そんな二人の様子を暖かく見守っておくことにしよう」
「はいはい」
帝人くんが少し呆れた様子で流しへと向かっていくのを見送り、私は目の前に置いてあるお茶に手を付けていた。
「ユウキさんって、臨也さんのところから出たんですよね」
まるで他の子がいなくなるのを待っていたようなタイミングで聞かれたそれに、私はすぐ頷く。
「今はアパート暮らし」
「そう、なんですか……」
「それがどうかしたの」
「……いえ、別に」
二人がいなくなって私と話した途端にそんな真剣な顔をされると、ちょっと哀しいんだけど。
何か正臣くんが明るくなる話題でもないかと探していたとき、ふと今日も会った女の子の顔が思い浮かんだ。
「正臣くん、彼女いるんだよね」
「……何の話ですか?」
「ああ、彼女じゃないんだっけ。ほら、来良病院に入院してる――――」
♀♂
「沙樹ちゃんっていう子、友達なんだよね」
どことなく優しげな目でそう言ったユウキの言葉に「え、」思わず声が漏れた。
なんでこの人が沙樹のことを知ってるんだ――――。
心の内で焦っていると、ユウキがあれ?とでも言いたげに首を捻り、口を開く。
「もしかして、違ったの」
「…………」
何も知らないような口ぶりが、正臣には余計に怖かった。
この人や帝人、杏里には絶対に知られたくないことなのに、
「沙樹は、」
知られたくない。
その思いだけで、
「友達っていうより、知り合いです」
少年はそんな言葉で、そこから逃げた。
(これは嘘ですか?)
「そういえば、アパートってどこにあるんですか?」
「池袋だよ」
「へえ、場所は、」「それは秘密」
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