平和島兄弟
「あのバーテン服って、幽さんからのものだったんですか」


 お茶を出しながら少し驚いて聞き返すと、幽さんが頷いた。
 なんでも平和島さんがいろいろなバイトを転々としていた時期にバーテンダーのアルバイトをしていたのだそうで、
 その仕事をずっと続けられるよう20着まとめて平和島さんに贈ったのだとか。
 今日もそろそろその服が底をつく(損傷が激しいから)頃だったので、段ボールにまとめて持ってきたらしい。
 どうしてバーテン服を着ているのかとずっと思っていたけれど、そんな理由が……。


「それは平和島さんもはりきったでしょうね、バーテンダーの仕事」
「数日で辞めさせられたみたいですが」
「…………」


 何て返せばいいんだ。
 言っている内容に反して幽さんはやはり一定調子の表情だった。逆にどうすればいいのか困る。
 

「原因とかって、聞いても構いませんか」
「俺も詳しくは分かりませんが、揉め事に巻き込まれて誤逮捕されたからだと」
「誤逮捕……」


 頭の中で誰かが笑った。
 いや、さすがに考えすぎ……でもないような。


「ユウキさんは、兄さんの知り合いなんですよね」
「ええ、まあ」
「なら、折原臨也さんって知ってますか」
「……平和島さんをつけ回してる趣味の悪い男ですよね」


 あくまで他人の振りをする。
 

「その人が関わっていることぐらいです、俺がそのことで知ってるのは」


 静かにお茶へ口をつけた幽さんに、何故か私が罪悪感を感じた。本当にどうしてだろう。
 それにしても折原さんは本当に人から恨まれるのが得意だよね、ちなみにどこも褒めてません。
 幽さんだって感情の起伏こそ少ないけど、何にも思っていないわけはないんだし……恨み(またはそれに準ずるもの)の連鎖はどこまでも続くっていうあれか。
 それにきっと平和島さん以外の人の人生にも首を突っ込んで、引っかき回してきたに違いない。折原さんが痛い目を見る日も、そうそう遠くはなさそうだ。

 ひとりでまったくと息をついて、お茶を口に含んだ。


「平和島さんも迷惑でしょうね、あんな人に目を付けられて」
「だろうと思います」
「お茶のおかわりいかがですか」
「ありがとうございます」


 二つの空の湯飲みにお茶を注いでから、お互い同じようなタイミングで一口飲み、小さく息をついた。
 またすぐに話しを切り出してもよかったんだけど、まあいいかと湯飲みの縁を見つめてぼんやりとする。
 ふと目線を上げてみれば、幽さんも同じような雰囲気でいるのが伺えたので、何分間か不思議な沈黙が続いた。
 
 呆けていてもさすがアイドル、すごく様になっている。
 そんな幽さんのお兄さんなんだから、平和島さんが格好いいのも当然のこと……二人で街を歩けばもの凄く目立ちそうだ。アイドルとか力の強さを抜きにしても。
 

「……あーもう何の恥ずかし気もなく」


 自分で思って自分で照れてどうする。そんな自給自足いらない。
 湯飲みに口を付けたままの状態で照れ隠しをしていると、


「ユウキさんは、兄さんのことが好きなんですか」
「――――ッ、」


 吹き出しそうになったのをなんとか堪えてお茶を喉へと流し込み、少し咳き込む。
 なんかデジャヴだ、前にも同じようなことを波江さんに言われたような気がするっ。
 

「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど、なんでそんなこと」
「最初に兄さんの話をしたときに、嬉しそうだったので」
「……あの、私ってそんなに分かりやすいですか」
「兄さんの話をしていたときは」


 何でもないようにそう言って、幽さんがふと腕時計に目をやった。
 そういえば、今日は仕事じゃなかったのかな。今までのやりとりを忘れようと別のことを考える。
 

「これ、兄さんに渡して貰ってもいいですか?」


 部屋の隅に積まれている段ボールに目を向けて、幽さんはそう言った。
 やっぱり、そろそろ時間がないのかもしれない。


「いいですよ。幽さんからだと伝えればいいんですよね」
「はい、ありがとうございます」


 立ち上がって玄関へと向かっていく幽さんに扉までついていく。
 再びサングラスをかけてから外の様子を伺うようにして、もう一度幽さんはこちらへ向き直った。


「最後にひとつ、いいですか」


 そんな言葉に、わたしはどうぞと頷く。
 
  
「兄貴のことが恐くないんですか」
「恐くありません」
「なら、良かった」


 そう言ってからお茶のお礼を述べて、幽さんは部屋から出て行った。
 結局最後まで無表情一貫な人だったけど、人間表情だけが全てじゃないと思う。
 なんてことを私が言うのはおかしいか。


「即答なんて、軽く思われそうだなー」


 でも、それに嘘偽りはありません。 



 ♀♂



「というわけで、幽さんからのお届け物です」
「わざわざ悪いな」
「いえ」
「っつーか、幽だったのか」
「?」
「残りが少ないと思った次の日には20着また揃ってるから、おかしいとは思ってたんだんだよな」
「(それって、おかしいで済まされる現象……?)良い弟さんですね」
「ああ。多分、バーテンやめても贈ってくれるのは、俺から辞めたって言葉を聞くためなんだろうな」
「……ますます良い弟さんです」
「……何でお前が顔伏せてるんだよ」
「ちょっと目が」
「目がどうかしたか?」
「……いえ、やっぱりなんでもありません」



 (平和島兄弟)
 


 涙腺にきました。

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あきゅろす。
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