よくできた弟さん



「平和島さんなら、お留守ですよ」


 少し離れた位置からそう呼びかけてみると、サングラスの人がすーっとこっちへ視線を向けた。
 やっぱりどこかで見たことがあるような……首を傾げながらその人が口を開くのを待っていると、


「そうですか」


 普通にそんな言葉を返された。淡々とした物言いと一定温度の表情が逆に印象的だ。
 お前が言うなとどこからか声が聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいだろう。

 雑誌やテレビで見たことがあるんだから、いっそ名前を聞いてしまった方が早いんじゃないかな。
 いやでも、平和島さんを訪ねてくるような人でテレビや雑誌といったら――――あ。


「もしかして、平和島静雄さんの弟さんですか」


 少し驚いてそう言うと、その人は少し考えるように間を置いてから頷いた。


「平和島幽です」
「あー、やっぱり」


 やっぱりも何もさっき思いついたことだったりするけど。


「平和島さんなら、今日は早く帰るようなことを言ってましたよ」
「……いや、俺は」「でも、さすがに夕方までは帰って来ないかなと」


 弟さんの言葉を遮ったのは、わざとじゃない。
 自分がされて何度嫌と思ったかもわからないことをしたわけじゃなかった。
 どうしよう、なんだか気まずい雰囲気ができあがったんだけど……いや、私のせいなんだけど……。

 
「あの、ここの人ですか?」


 少し首を傾げてそう言った弟さんに、無言で頷いてから、


「昨日から、お兄さんの隣に住んでます」
「隣に?」
「隣に」

 
 自分で言うのも何だけど、なんだか凄くシュールな気分だった。
 

「前に兄さんの隣に住んでいた人は、兄さんが住み始めて数週間で出て行きましたよ」
「へえ、そうなんですか」
「……驚かないんですね」


 そんな言葉を聞いて、弟さん――――やっぱり、幽さんと呼ぼう――――幽さんの言いたいことがなんとなく分かった。
 多分、私が何も知らないで隣に引っ越してきたと思って、気を「それで、どうして俺が兄さんの弟だって知ってるんですか?」……なんか私の予想は違ったみたいだ。
 若干怖い幽さんの沈黙に、私は本当のことを言うべきかと考える。いや、考えるまでもなく折原さんから話の弾みで聞いたなんて言えない。
 

「平和島さんから、弟さんがいると聞いたので」
「それだけで俺がそうだと分かったんですか?」
「……実は平和島さんのストーカーで勝手に調べましたって言ったら引きますか」
「いえ、別に」


 良くできた弟さんだなあと自分でもよくわからないことを思った。
 

「本当は、人伝に聞いたんです。岸谷新羅さんって、知ってますか」
「知ってます。あの人から」
「聞きました」


 何とか納得してくれたらしい幽さんにひとまず安心する。
 新羅さんと平和島さんの仲を知っていて良かった……でも、ここまで自然な嘘がつけてしまうとなんか嫌だ。
   
 
「荷物も大変でしょうから、うちで待ちませんか。本当に何もないんですけど」
「いいんですか?」
「いいですよ」


 少し平和島さんの部屋へ視線を向けてから、幽さんはやはり変わらない表情で頷いた。




(よくできた弟さん)




 お互いに淡々と。

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