平和、平和

「思ったよりも早くて良かったよ、おめでとう」
「ありがとうございます」


 大分包帯の取れてきた杏里ちゃんの腕に、なんとか傷跡は残っていないようだった。
 そのことに安心して、明後日で退院という言葉をもう一度素直に嬉しいと思う。

 そういえば、沙樹ちゃんはいつから入院してるんだろう。
 まあ、あまり詮索するのも悪いし、深く考えるのはよそうか。
 

「明後日か。正臣くんや帝人くんも喜ぶだろうね」

 
 何もなかったかのようにそう言うと、杏里ちゃんがはにかむように小さく笑った。 


「ふたりは毎日きてくれたので……凄く嬉しかったです」


 まあ、とりあえず帝人くんは杏里ちゃんのことが好きみたいだから……それは毎日でも来るだろう。
 正臣くんも杏里ちゃんのことが大切のようだし、3人とも仲がいいなあと少し羨ましくなる。
 帝人くんは少しばかり特殊な子だけど、二人ならそんなことも気にしないだろう。


「それにユウキさんも毎日来てくださって、本当にお世話になりました」
「いいよいいよ、お礼なんて」


 頭を下げてお礼を言う杏里ちゃんに、右手を左右に振った。 


「時間もあったし、いろいろ話せて楽しかったから」
「でも、あの、本当に……ありがとうございました」
「いえいえ」


 そう言って笑ってくれている杏里ちゃんに口元を緩めて返事をしていると、病室の扉からノック音が聞こえてきた。
 誰だろう?そう杏里ちゃんと顔を見合わせてから、席を立って扉を開けてみる。


「帝人くん、今日も精が出るね」
「……精が出るって」


 何とも言えない微妙な表情をしている帝人くんがそこにはいた。
 つっこみたいけどつっこめない。そんな感じの表情だ。


「でも、まだ午前だよ。学校はサボりかな」
「今日、土曜日ですよ?」
「……そうだっけ」

 
 カレンダーとはあまり関係ない生活を一年近く送っていたので、曜日感覚が私には欠けていた。
 やっぱり、ずっと同じ人と同じ場所にばかりいるのは良くなさそうだ。いろんな意味で。

 帝人くんが少し照れながら杏里ちゃんに挨拶をしているところを見て少し和み、椅子に置いていた上着と鞄を手に取った。


「それじゃ、今日は帰るね」
「え、もうですか?」


 杏里ちゃんが首を傾げてそう言っているのに少し目線を帝人くんへ向けてから頷く。


「うん。ちょっと用事」
「そう、ですか」

 
 残念そうに言ってくれることはとても嬉しいんだけど、帝人くんが二人きりにしてほしそうだからなー、なんてお節介を焼いてみる。
 

「頑張って」


 最後に帝人くんへそう言ってから、私は杏里ちゃんの病室を後にした。
 そのとき、帝人くんが慌てたように何かを言おうとしていたけど、お姉さんには分かります。言い訳無用。
 

「……普通に青春してくれれば、いいのに」





 ♀♂





 病院から帰る途中、偶然平和島さんと遭遇した。
 何でも取り立ての最中なのだそうで、トムさんという上司の人と一緒にいるところだった。


「あー、あんたが遊園地の」
「その節はありがとうございました」


 そんな風に平和的な会話を交わしてから、ふたりの仕事の邪魔をするのも悪いので、挨拶もそこそこにアパートへ帰ることにした。
 帰りがけに平和島さんから早く帰るようなことを聞いたので、なら今日は夕食も早く作れるなとひとり頷く。
 お昼は調理器具がないため、適当にパンを買って帰ることにした。やっぱり自分のを買うべきかな……。


「午後からも、どうしよう」


 バイトと安い生活用品でも探しにいこうかと考えながらアパートに辿りつくと、見慣れないものが視界に入る。
 

「…………」


 サングラスをかけた男が、平和島さんの部屋の前でぼんやりと立っているのが見えた。
 その傍らには段ボールが数個置いてある。なにをしてるんだろう。
 怪しいとは思っているんだけど、何だかその人に見覚えがあるような気もした。

 雑誌とか、テレビとかで見たことがあるような……。
 しばらく首を捻ってから、とりあえず声をかけてみようと私は物陰から足を踏み出した。



 (平和、平和)



それが続きますように。

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あきゅろす。
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