休む暇なんてない
逃亡生活4日目。
私はセルティさんたちの家から撤退し、平和島さんのアパートの隣へ引っ越すことを決めて、昨日はその入居準備に追われていた。
セルティさんは別に構わないのにと言ってくれていたけれど、これ以上二人の邪魔をするのは悪い。主に新羅さんに。
ほぼ身一つで折原さんのマンションから出てきてしまったため必要最低限の生活用品だけを買うことにして、現在の私の部屋は今まで以上に殺風景という言葉が似合っている。
机と布団、以上。服は押し入れに直。女の部屋じゃないよ、これ。という感じだ。ちなみに、布団は親切な大家さんが無料で貸してくれた。
たまに私のような人が来るからと言っていたけど、その言葉の真意がとても気になる。考えとお金なしに入居をするような人が他にもいるのか。
ともかく大家さん万歳。
そして調理器具はセルティさんが平和島さんに借りるといいとしきりに勧めてきたので、確認をとってみるといいと言ってもらえた。
周りの人に恵まれすぎて目の前が霞んだ。
でも「あれ、それって平和島さんの部屋に入るってことでしかも夕食作るときは夜に行くってことになるんじゃ……」と気付いたのは、全ての準備が終わって一段落ついた後だった。
え、それって通いづ、と思いかけた瞬間に思考を切った。調理器具借りるだけだってば。
しかし何故か気付くと平和島さんの部屋で料理を作っていた、本当にどうしてだ。多分、平和島さんに何か言われたんだろうけどよく覚えていない。ちなみに何を作ったのかも覚えていない。
買っておいた大根がまるまる一本なくなっていたので、多分大根尽くしの料理になっていたんだと思う。
食べた記憶もおぼつかないので我に返るほど不味かったというわけじゃない、と思いたいっ。
「ユウキ」
「え、」
隣を歩いている平和島さんに声を掛けられて一瞬飛び上がった。
「お前、昨日からおかしくないか?」
首を傾げながらそう言う平和島さん。おかしいですよ、それは私が一番よくわかってます。
でも、平和島さんの部屋に行ったからですねなんて言えるわけもなく、
「昨日の準備で疲れただけなので」
無難にそんな返事をした。
「仕事がなかったら手伝えたんだけどな……悪い」
「いえいえ。セルティさんたちにも手伝ってもらえましたから」
「そうか?」
そう言ってもまだ少し不満があるように、平和島さんは不機嫌そうな顔をしていた。
それにしても、平和島さんの隣を歩くなんて何時以来だろう。もしかして遊園地のとき以来?
ということは、半年ぶりか。ああ、それは私の反応がおかしくなるに似合った期間だな、うん。そう思うことにしよう。
「それより、今日も仕事なのに病院まで送ってもらって、すみません」
「別に構わねえって。セルティから聞いたんだけどよ、最近毎日来良病院行ってるんだってな」
「ちょっと、知り合いの子が入院してるので。もうすぐ退院できるみたいなんですけどね」
「……そうなのか。とにかく、俺もセルティもいねえんだから、気をつけろよ」
折原さんのことだろうか。
そう思って平和島さんに目を向けながら首を傾げていると、その人は少し呆れたように息をついた。
「臨也に会ったらどうするんだよ」
「とりあえず、逃げます」
「逃げ切れんのか?」
「そこは頑張るしかありません」
頑張ってどうにかなるもんかよ……。
そう呟いている平和島さんの言うとおり、本気で追い掛けらたら捕まりそうだ。
病院なんて人目がある場所で鬼ごっこをするような人ではないだろうけど。
そんなことをしているうちに来良病院へ到着して、平和島さんとは玄関口で別れた。
とりあえず折原さんに出会ったら悲鳴をあげろというアドバイスをもらった。なんだか変質者への対応みたいだ。
「まあ、できるだけそんな状況には陥りたくないな……」
杏里ちゃんの病室を目指して移動をしながらそんなことを口に出したとき、
目の前で見覚えのあるジャケットが揺れたような気がした。
まさか。
早い、早すぎる。これはいくらなんでも早い。だからない。多分見間違えだ。
比較的冷静に考えながら早くこの場から立ち去ろうと、止まっていた足を動かしかけた瞬間、
「、」
私は手近にあった扉の中へと逃げ込んだ。
いた。いたんだけど、なんでいるんだ。なにこれリアル鬼ごっこ?
目があったりすることはなかったが、いくつか先の角を折原さんらしき人(ほぼ確定してるけど)が通り過ぎていった。
ここもあの人の行動範囲内だったのか……やばい、出るタイミングがわからない。病室を出た瞬間に「つかまえた」なんてことになったらさすがに私は悲鳴を上げると思う。
それこそホラー映画だ。
そうやって扉の前で座り込んでいると、閉まっているカーテンの向こうから物音が聞こえた。
人がいたらしい……まあ、病室だからいても不思議じゃない。だからといって、今外に出るのもまずい。なんとか状況を説明して居座らせてもらわないと。
よしと頷いて、口を開きかけたとき、
「もしかして正臣?来てるなら、顔ぐらい見せてよ」
思いもしなかった名前がカーテン越しから聞こえ、ゆっくりとそれは開かれていった。
(君の過去と対峙する5秒前)
なんで正臣くんの名前が?
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