ひたすらじれったい



「つまり……お前が弟みたいに可愛がってた奴が、急に素っ気なくなったってことか?」
「素っ気なくなったというより、余所余所しい……むしろ警戒されているって感じで」


 日はほとんど沈み、池袋の街は昼とはまた違う騒がしさで包まれ始めている。

 仕事の休憩中なのだという平和島さんと、シャッターの降りている店の前で私はずっと立ち話をしていた。 
 名前や詳しい事情は伏せて、正臣くんとのことを話し終えると、その人は考えるように少し唸って、


「そりゃ、俺もガキの頃は幽と喧嘩したこともあったけどよ……あいつがああいう感じになってからは、口論もしたことねえんだよな……」
「……そうなんですか」
「ああ。だから、あんま参考になるようなことはないと思う」


 悪い。そう付け加えて、平和島さんはバツが悪そうに自分の髪をくしゃりと撫でた。
 まあ、詳しいことも話さずに的確なアドバイスを貰おうなんて、相手が誰だとしても無理なことだ。仕方ない。
 

「いえ、聞いて貰えただけでも楽になりましたから」
「……そうか?」
「はい」


 少し表情を崩してそう言うと、その人は小さく息をついて、迷うように口を開いた。


「でもよ、その……なんつーか……」


 平和島さんが口ごもるなんて珍しい。それはもっぱら私の役目なのに。
 しばらく微妙な空気が漂い、私の首が大分急な角度まで曲がったところで、


「何の根拠もねえんだけどよ……お前が嫌われてるとか、うざがられてるとか、そういうのはねえよ」
「…………」
「俺は、お前のこと良い奴だと思ってるから……そいつにもなんか違う理由があるんじゃねえの?」
「…………」
「だから……」


 そこまで言って、何故か平和島さんは閉口する。
 聞いている私はきっと励ましてくれているんだろうということが分かって、嬉しい限りなんだけれど……だから、なんですか。
 沈黙の長さに比例して、私の期待値もふくれ上がる。
 

「、やっぱ何でもねえ。とにかく、その、あんま気にすんな」
「……わかりました」


 だから、何だったんだ。
 何故かそっぽを向いている平和島さんに少しもどかしいものを感じた。けれど、嬉しいものは嬉しいので気にしないことにする。
 実際正臣くんのことを気にしないわけにはいかないのだけれど、これも平和島さんなりの気遣いということで。うん、そう考えるだけで十二分に嬉しい。
 しばらくそんな気持ちに浸って平和島さんを見つめていると「……なんだよ」いつもより少し低めの声でそう言われたので「やっぱり、平和島さんはいい人ですね」そう返答した。
 あれ?なんかデジャヴ。
 

「常識的で良い人、ってあれか?」
「……あ、初めてあったときも言いましたね。そういえば」


 さすがに、常識的、の部分はもう削除させてもらうけど。うん、さすがにもう常識的とは言えない。
 けれど、
 

「相変わらず、平和島さんはいい人ってことですよ」


 言って頬を緩めると、平和島さんは小さく笑った。


「お前は、変わったけどな」 
「……本当ですか」
「ああ、どこがってわけじゃねえんだけど……なんか変わった」


 確かに生活環境の変化でいろいろ変わってきているとは思っていたけれど、平和島さんにそれを言われたことが驚きだった。
 まあ、会った時期がそういう時期だったというのもあるし、平和島さんにはなおさらそう思えたのかも知れない。
 

「初めてあったときの私って、どんな感じでしたか」 


 ただの興味本位で聞いてみると、


「あー、面白い奴?」
「はあ……」
「それと、足が地面についてねえって感じ」
「……それって」
 
 
 それって、どうなんだろう。
 あんまり嬉しくない。いや、どこにも嬉しい要素がない。もの凄く変な奴扱いされてる気がする。いや、実際あのときの私は変だったか。
 そんな私の複雑な心境に気付いたのか気付いていないのか「まあ、悪い変化じゃねえから」なんだか良い括り方をされた。そりゃ悪い変化だったら困る。
 
 なんだか機嫌良さそうに笑っている平和島さんへ口を開こうとしたとき、不意に私のものではない着信音が聞こえた。
 

「悪い、俺のだ」


 そう言って携帯電話を取り出した平和島さんは、画面をしばらく見つめて黙り込む。
 そろそろ仕事だから、連絡が入ってきたとか? だとしたら、私も帰ろうかな。あ、でも夕食……平和島さんは何時に帰ってくるんだろう。
 今後の計画を考えて首を傾げていると、平和島さんがこちらへ向き直ったことに気付いた。


「そろそろ、休憩終わりですか」
「いや、今からトムさんと合流して、何か食ってから仕事」
「じゃあ、今日は夕食いらないってことですね」


 なら、今日はスーパーで適当にお総菜でも……あ、杏里ちゃんの家に行くという手もあるか。料理が苦手なら、自然とレトルトとかお弁当ばかりになってしまうだろうし。
 でもさすがに連日で行くのはどうなんだろう。そう思って、それじゃあまたと言いかけたとき、


「お前も来るか?」
「……え」
「最近ずっと世話になってるしな。今日ぐらいおごるぞ」
「でも、トムさんに迷惑じゃ……」
「いいってよ」
「対応早いですね」


 おごりというところに少しだけ悩んでから、


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 
 実は凄く嬉しいんです。




 (ひたすらじれったい) 


 

「……ねえ、なんかもの凄く苛々するんだけど」「カルシウムでもとればいいんじゃない?」

*前へ次へ#

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!