さあ、どう動く?
「長々と居座ってごめんね」
すでに夕陽が差し始めている時間帯、帰り支度をしながらそう言うと沙樹ちゃんは「いいですよ」と言ってほんのり笑みを浮かべた。
そういえば、沙樹ちゃんが笑っていないところを私は見たことがない。まだ知り合って幾日もたっていないのだから、当たり前のことかも知れないけれど。
じゃあ、私は返って気を遣わせてしまっているんじゃないのか?直接聞くのもどうかと思うので口にはしない、けれどやっぱり距離感が大切なのかななんて頷いてみた。
「明日も来て、大丈夫かな」
「私はその方が嬉しいです」
そういうことを言われてしまうと、やっぱり距離感なんてどうでもよくなってしまったり。
そっか、じゃあまた明日。そう言って軽く手を振り、「はい」という返事を聞いて私は病室の扉に手をかけ、スライド式のそれを開ける。
ガタンと少し立て付けの悪そうな音を聞き終えた頃には「あれ、正臣くん」「……ユウキ、さん」目を丸く見開けた幼馴染みの子が、呆然とそこに立ちつくしている様子が視界へと映った。
「……ああ、学校の帰りかな」
制服を着ているのだから当然と言えば当然のことなのだが、どうにも空気が硬直していた。
だから無意味に何か話題をと、探してしまう。私の問いに「……ええ、まあ」正臣くんは難しい顔をする。昨日と同じだ。
「正臣くん、」何かを言いかけて、やめる「じゃあ、またね」
いつかと同じように手を振っても、彼が何かを返してくれることはなかった。
♀♂
「沙樹。あの人……どうしてここにいたんだ」
「ユウキさんのこと?あの人なら、子供の鬼ごっこに巻き込まれたから匿ってほしいって、ここに逃げ込んできたんだよ。一週間ぐらい前に。それから何となくお見舞いに来てくれてるだけ」
そう言って何でもないように微笑む沙樹の言葉を、出来すぎていると思わずには居られなかった。
どうしてこうも自分の望んでいない方向へ話が進んでいくのか……これが偶然とはとても思えない。ある男の顔がすぐさま思い浮かび、沙樹に気付かれないよう奥歯を噛みしめた。
また、あの人が何かをしているんじゃないか――――?
「正臣。顔、怖いよ」
「え、」
「気付いてなかった?ユウキさんとすれ違いで入ってきてから、ずっと難しい顔してる」
「……いや、ちょっと考え事してただけで、」「ねえ、正臣」
珍しく言葉を遮るように自分の名前を呼んだ彼女は、
「正臣が他の誰を好きでも構わない。でも、」
にこりと微笑んで、
「ユウキさんは、駄目だよ」
♀♂
なんだか無性に人のいる場所にいたくて、私は池袋をふらふらと彷徨っていた。
杏里ちゃんや帝人くんの前では楽しげにしているのに、どうして私の前ではあんな顔ばっかり……ただ、昔のように親しくしてくれればそれだけで嬉しいのに。
原因、原因はなんだろう。折原さんとは離れていると言ったばかりだから、他に思い至ることと言えば沙樹ちゃんのことだろうか。
二人の間に何かがあって、正臣くんはそれを知って欲しくない、とか。
「…………なら、口出しするのも良くないか」
それでも何か空虚感を感じてしまい、私は息をついてぼんやりと歩く。
どうすればいいんだろう。そんなことを考え始めて十数分ほど経ったとき、
不意に肩を叩かれたような気がして振り返ると「アンケートならおことわ、」「お前、こんなとこで何してんだ?」平和島さんが首を傾げて立っていた。
最近、この人とは遭遇率が高すぎると思う。
なんてことを考えながらも、
「平和島さん」
「なんだよ」
「弟さんが、親しくしてくれなくなったことって、ありますか」
「は?」
どこか安心してしまう。
(さあ、君達はどう動く?)
「だって、あの人は臨也さんの、」
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