故意にすれ違い


「おはよう」
「あ、ユウキさん」


 病室に入ると、窓の外を眺めていたらしい沙樹ちゃんが微笑みを浮かべながら振り向いてくれた。
 それだけで物陰に隠れながら病院を移動するなんて不審者極まりない行動も報われる。折原さんと偶然に鉢合わせなんて、今回ばかりは本当に嫌だから仕方ないのだけれど。
 いつもベッドの横に置かれている椅子へ腰掛け、持っていた荷物を床へと置いた。


「ごめん、今日は手ぶらなんだ」
「いいですよ、ユウキさんが来てくれるだけで。そういえば、昨日は正臣と帰ってましたよね」


 そこから見てました。
 視線を窓へと移して、そう呟いた沙樹ちゃんに私は頷いた。


「昨日は正臣くんと私の知り合いの子が退院したから、それでね。メガネをかけた女の子なんだけど」
「見えてましたよ。それと、正臣と同じ制服の男の子も」
「うん、二人は正臣くんのクラスメイトだから」


 仲良いんだよ。
 そう言いかけて、やっぱりやめた。昨日の正臣くんの反応から、余計なことは言わない方が良いと思ったばかりだった。
 まあ、あの様子を見れば、仲が良いのは一目瞭然だけど……。

 沙樹ちゃんの病室に通い始めてしばらくが経つが、未だ看護師の人以外が病室を訪れたことはない。
 午前中や昼間にしか私が来ないことに理由があるような気もするけれど、沙樹ちゃんの家族の人たちは、見舞いに来ているんだろうか。
 娘が入院しているなら、花のひとつや雑貨のふたつ、もってきたものが置かれていてもおかしくはないのに。

 ……次は、花屋に寄るか。


「沙樹ちゃんって、売店とかいけるのかな」
「行くことは出来ますけど、行きたいとは思わないので」
「そっか。じゃあ、食べ物とか、制限は」
「特になかったと思います」
「甘いの好きかな」
「……気を遣ってくれなくても、いいですよ」


 小さく微笑んでそう言う彼女に、少し瞬きをしてから口を開いた。


「私が、甘いの好きだから」
「……コンビニのケーキとかも、好きだったりしますか?」
「うん、まあ。でもこの間一気に10個ぐらい食べちゃってね、コンビニのは当分いいかなって」
「売店にはないと思いますよ、ケーキなんて」
「ケーキがないなら、プリンを食べればいいんだよ。プリンがないならゼリーを食べればいいし、それもないならチョコにすればいい」


 何か代わりになる物を。


「ちょっと、売店行って一通り買ってくる」
「一通りって……」


 沙樹ちゃんが少し驚いたように言ったので、私は口元を綻ばせて、


「大人は買い食い自由だから」


 何の答えにもならない言葉を返し、病室をいったん後にした。
 右手に掴んだ財布が小銭の音を小気味良く鳴らし、その音を止めるように強く握り直す。


 何か、代わりになれたら。



 ♀♂



「ユウキは、出て行ったみたいだね」
「臨也さん。いつからそこにいたんですか?」
「ユウキが来た少し後かな。あの分じゃ今日はしばらく帰りそうにないし……また夜にでも来るよ」
「……あの人、臨也さんの言ったとおり、毎日来ますね」
「迷惑だった?」
「いえ、迷惑じゃないんですけど……変だなと思って」
「そう?」
「だって、まだ知り合って少ししか経ってないんですよ。世話好きな人なんですか?」
「ああ、ユウキは君と自分を重ねてるんだよ」
「私と?」
「まあ、その辺はまた今度ね。ユウキが帰ってくるかも知れないから、そろそろ俺は帰ろうかな」
「そういえば、臨也さんはユウキさんが来ないときを狙ってきますよね」
「いま会うと都合が悪いからねえ」
「でも、今は午前中ですよ。臨也さん、いつもは夜来るのに」
「……別に、意味なんてないよ」




 (故意にすれ違い) 
 

      
 
誰が一番、大人だろう。

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