謝り続ける理由
私は池袋に来てからのこの一年間、何度も何度も平和島さんのお世話になった。
それは折原さんからの逃亡であったり、正臣くんに対する悩みを聞いて貰ったことであったり、
無茶なことをすると心配しながらも怒ってくれることであったり、細かいことを上げればきりがない。
その度にお礼と謝罪を繰り返して、ああ平和島さんはいい人だと再認識するのが私の常だ。
しかしひとつだけ、私はお礼も何も言えていないことがある。
――折原さんと初めて会った日、重くて仕方がなかった心をほんの少し軽くしてくれたこと。
それに対して、私は何もこの人に言ったことがない。
平和島さん自身はきっと、単に数分間話をしただけだとしか思っていないだろう。
でも私にとってのその数分は、それまでの数日間で唯一、人の温度を感じさせるものだった。
結局私はそれも含め全てを投げだそうとしたが、あの時に嬉しいと感じたものはずっと頭の中に残っていた。
だから、私は平和島さんに憧れたのだ。かつて私を引き上げてくれた桃里や、手を引いてくれた千景のように。
どうしようもない私へ、少しでも笑いかけてくれたから。
「……ごめんなさい」
ベッドの傍においてあった椅子に腰掛けたまま、危なっかしい姿勢で眠っているその人へ、私はまた謝罪を呟いた。
昨晩はあまり眠れなかったそうで、1時間後に起こしてくれと頼まれている。仕事は休みたくないらしい。
それならせめて壁に寄りかかった方がいいんじゃないかと思ったが、そう言う前に平和島さんは今の姿勢で眠りについてしまった。
ただ、直前に握られた手はそのままだ。私はよほど平和島さんに心配をかけていたのだろう。事情は、また捺樹くん辺りが知らせたに違いない。
どうしてそんなことをしたのだろう。
私は、知らせて欲しくなかったのに。
どれだけ心配させろと言われても、してほしくないものはしてほしくない。
いくらそれが嬉しくても、私は結局この人の期待を裏切ることになるのだから、やるなと言われてもやらずにはいられないのだから、そんな人間を心配して欲しくはない。
こんなに心配されているのに、この怪我をどうとも思わない自分が酷く嫌になる。
この程度どうにでもなるから、そう考えてまた私はこの人の気持ちを裏切るのだ。
だから、いくら謝るなと言われても、「ごめんなさい」ばかり言い続ける。
謝るぐらいならしなければいい、それでもやらなければいけないことも、確かにあるのだ。
ああ、こんなことを繰り返していたら、いつか本当に呆れられてしまいそうだ。
「それでも」
それでもこの温かい手の持ち主は、私と親しくしてくれるのだろうか。
明日の今頃も、私のことを心配してくれるのだろうか――。
♀♂
「……さん、平和島さんっ」
微かに腕を揺すられているような感覚を覚え、睡眠不足による気怠さを押し切り静雄は瞼を開けた。
すぐそこに広がっていたのは自分の足の付け根だったが、顔を上げるとすぐさまユウキと目が合う。
そんなことに、一瞬自分がどういう状況にいるのかを思い出せず絶句していたが、
「もう1時間経ちましたよ」
という妙にてきぱきとしたユウキの言葉に、ハッとした。
慌てて病室に掛けられている時計を見れば、出社時刻まであまり余裕がない。
ただでさえ器物破損やら回収先との揉め事を派手にやらかしているのだ。時間ぐらいは守りたい。
そうしてすぐに立ち上がったものの、ベッドで横になっているユウキを見るなり、足は止まってしまった。
――今こいつを一人にしていいのか?
自分が立ち去った後の事を考えると、静雄は部屋を出ることに気が乗らなかった。
確かにもう襲われることはないだろうと、聞きはした。臨也もいつかはやって来るのだから、顔を見るようなことも出来る限り避けたい。
だが、罪歌に襲われたときや今回の事のように、普段はあれだけユウキを手中に収めたがるくせに肝心な時にいない臨也を殴りたい気持ちは山々だった。
「どうしたんですか」
そういつものような一定の声音でそう言うと、ユウキはすぐさま「私なら、大丈夫なので」と微笑した。
「まあ、大丈夫は言い過ぎにしても、これから少し寝て『大丈夫』な状態にしますので」
「……そうか」
寝るのなら、病室にはいない方がいいかもしれない。
いつもの調子に戻ったユウキへひとまず安心し、静雄はそう頷いた。
加えてここは仮にも病院なのだから、滅多なこともないだろう。臨也だってさすがにこんな状態のユウキを連れ出そうとはしないはずだ。
「また、仕事終わったら寄る」
そう言って安堵の笑みをもらすと、
「待ってます」
朝早くから、ありがとうございました。
ユウキはそう僅かに頭を下げるような仕草をして、緩く目を細めた。
(謝り続ける理由)
――――。
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