再会
昨日僅かに見た姿を除けば、この一年――千景の姿を目にしたことはなかった。
私から見てこの一年はとても大きなものだったし、時間の流れはとても早く感じられた。
けれど、千景とはもう何年も会っていないような、言葉を交わしてはいたけれど、もうずっと顔を見ていないような、そんな気がした。
確かに服装だって見たことがないものだし、手にしている短刀のようなもの(まさか本物じゃないだろう)も初めて見たうえ、昨日見て心底驚いた包帯を巻いている。
だから、一年前と違っていると言えば、違っている。
そんな実質的には短く、感覚的にはとても長い千景に対する一年を経ても、いろいろな人たちと入り混じって容赦なく連中を叩きのめしている彼は、少しも変わっていないように見えた。
それに安心する半面、いつだったか千景に「変わった」と言われたことを思いだし、もういろいろなことが別々になってしまったんだと目を伏せる。
けれど、そうなるのが普通だから。変わらないものなんて何もないし、終わりが来ないものだって存在しない。どんなに変わらないでほしいと願ったって、それは無理な話。
でも、だからこその、始まりがある。
こんな語り尽くされている陳腐な物言いしかできないけれど、その分信用度はかなり高いはずだ。
終わるから始まる、始まるから終わる――終わってしまったなら、また次を始めればいい。
恋人という関係が終わってしまったって、友達という関係を始めればいい。
全てを承知した上で、真っ向からその問題に立ち向かうのは難しいことだけれど、何も私一人が悶々としなくてはいけないものではない。
一緒に悩んでくれる相手がいるだけで、気持ちはとても軽くなるのだから。私にはその宛てもあるのだし、とても恵まれた境遇と言える。
そう考えて空を仰ぎ、笑みのひとつでも零そうとした時だった。
聞き覚えのある怒声と共に、大型の物体同士が衝突して派手に大破したような、とても具体的な音が聞こえてきた。
……平和島さんも、何やら参戦し始めたらしい。
らしいというのは、実際に見ていないからこそ言える言葉なのだけれど、狩沢さんに連れられて出て行ったはずの私がどうして見ていないのか。
それは、私が狩沢さん達と一緒にいないからだ。
丁度グラウンドからは死角になるだろう場所で、ひとり空を見上げている。ちなみに、BGMは連中の阿鼻叫喚だった。
それというのも、狩沢さんとグラウンドに出てすぐ門田さんから、ほとぼりが冷めるまで姿を見せない方が良いと言われた。
門田さんが私の話を千景にしたとき、彼はえらく驚いていたらしい。その様子から、私に気を取られて注意散漫になりかねないと考えたのだとか。
さすがにそんなことはないと思ったのだけれど、何故か今私はこうしている。
まあ、私がいきなり現れて彼が驚かないわけがないのだし、その隙に何かあったなんてことになれば、本末転倒もいいところだ。
しかし、聞こえてくる物騒な物音が遠ざかっていったため(平和島さんは大丈夫だろうか……いや、大丈夫だろうけど)、もう出て行っても良いだろうとグラウンドの方へと向かって行った。
安全になってから出てくるだなんて、数分前の私が知ったら相当怒りそうな話だ。しかし、その辺りは臨機応変に……どう聞いても言い訳にしか聞こえないけれど。
そう考えながら緊張をどうにか誤魔化していると、見覚えのある顔が集まっている集団を発見した。その様子を見る限り、けが人はいなさそうだ。
というか、平和島さんは一体何をして立ち去ったのだろう。あの中にはいないけれど……。
駆け足でその集団に駆け寄ると、その中にいた杏里ちゃんと目が合い、彼女が何事か口を開くと同時に、皆が一斉に振り向いた。
何事かと思わず足を止めると、その中から一人女の子がこちらへ駆けて来る。
千景と同じぐらい顔を見ていない彼女は――千景の彼女であるはずの、ノンちゃんだった。
「ユウキさん!」
彼女は少し慌てたようにそう言い、
「また会えたのは嬉しいんだけど、今はそんな場合じゃないっていうかっ、あの、ろっちーに会いませんでした?」
そう言えば集団の中に千景がいないことに気付いた。
「会ってないけど……あ、ノンちゃんは怪我、」「してないんで、ユウキさんは早く戻ってくださいっ。そうじゃないとろっちーが……」
千景が何なのか、結局ノンちゃんの口から聞くことはなかった。
その代わりに、
「ユウキッ!」
背後から名前を呼ばれて、振り返れば――。
♀♂
ノン達を人質として利用したダラーズの面々を手加減なしに気絶させるところまでは、千景が思っていた通りの展開だった。
が、刀を振りまわす女子高生とヘルメットを被った女(そう千景は判断した)の喧嘩を仲裁するとは思ってもいなかった。
加えて言えば、数日前に彼を負かした平和島静雄がバイクを担いで登場するなんてことも予想できるわけがなく――
「ユウキちゃんが、あそこで君のこと待ってるよ」
門田の連れらしい女にそう言われることも、この上なく唐突だった。
「よかったじゃん、ろっちー。後で私にも会わせてよ」
隣にいたノンがそう声をかけるが、千景は指し示された方向を見つめるだけで歩きだそうとも、言葉を返そうともしなかった。
その様子に小さく首を傾げたノンは、
「早く行ったら?」
そう言って、千景の服の裾を何度か引っ張る。
「俺も行きてぇんだけどさ……」
これから改めて振られるのかと思うと、さすがに意気揚々とは向かえない。
おまけに、話さなくてはいけない内容が内容だ。それを今からなかったことにしようとは微塵も考えていないが、心の準備ぐらいは自由にさせてほしい。
「ノン。今度ユウキに逃げられたら、追うべきだと思う?」
「向こうも探してるんでしょ?逃げるわけないじゃん。っていうか、ろっちーがそれで追いかけないわけないし」
「それもそうだ」
ノンとのやりとりで今さら何を悩んでいるんだと思い、千景はストローハットを被り直す。
そして、ユウキがいると言われた場所を見つめながら、
「逃げられたら、全力で追いかけるか」
「……ろっちー、それはちょっと恐い」
そうノンにつっこまれながらも、千景は本気でそう考えていた。
いつもなら、嫌がるならと諦めてしまうが、今回ばかりはそうもいかない。どうしたってユウキには会わなければいけない。
そう改めて思い直し、
「行ってくる」
そう呟いてから、ノンへと小さく手を振った。
♀♂
「……おい」
言われた通りに校舎で影になっている部分へとやってきた千景だが、そこには誰もいなかった。
さっきの女が言い間違えてたのか、それとも自分の見ていた方向が違っていたのか、本当にユウキが逃げ出してしまったのか。
そう考えながらも辺りを見渡し、駆け足で周囲の物影を確認する。しかし、ユウキの姿はどこにもない。
とにかく別の場所を探そうと、急いで一度グラウンドの方へ足を向けた。
丁度自分がさっきまでいた場所が視界に入り、あそこにはいないだろうと目を逸らせかけたが、さっきまではいなかった人影がそこにはあった。
まさかと思い目を凝らし、それがショートカットの女だと気付く。ノンと何やら話しているようで、その後姿にはどこか見覚えがあるような気がした。
そして以前に髪を切ったとユウキから聞かされた事を思い出し、その人影はユウキだと確信する。それと同時にグラウンドへと踏み出せば、すぐにその足を速くなっていった。
確かにここへは、ユウキと話をするためにやってきた。
しかし、その気持ちを同じぐらい、彼女の顔を見たいという思いもあったのだ。
「ユウキッ!」
我慢できずにそう彼女の名前を叫ぶと、こちらに背を向けていたショートカットの女が振り向く。
浮かべている表情や髪型、服装の雰囲気は千景の記憶にあるものとは違っている。
けれど、そこで分かりづらく驚いたような顔をしているのは、間違いなくユウキ本人だった。
(再会)
見間違えるわけがない。
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