乱闘開始数分前
「少年少女、あの女性、愚かです。正解は即座に警察機関に通報。それ以外は彼らのエゴと身勝手な推理、あるいは希望にしか過ぎません」
ライダースーツに身を包んでいる女性――ヴァローナはそう言って、近くに止めていたバイクへと向かっていく。
彼女はユウキや帝人、杏里がいなくなるまで物陰に身を潜めていたため、三人が向かって行った先はもちろん、その目的もある程度まで把握していた。
この場にいた人間のうち、二人もが彼女の引き受けた仕事に関わっているのだから、それを見逃すわけにはいかない。
眼鏡かけた女子高生――園原杏里は『傷めつけろ』。
黒髪ショートカットの女性――野崎ユウキは『重傷を負わせろ』。
どちらも殺しまではしなくていいと言われているが、依頼主は別の人間だった。ただ、一度に片がつくのならばそれに越したことはない。
それよりなによりヴァローナの目を引いたのは、杏里が日本刀で大柄な青年たちを峰打ちしていったことだった。
無力な人間を相手にするよりは、杏里のような存在を相手取った方がヴァローナには好ましかった。
「それに、これで私は、警察機関が動く前に眼鏡少女と女性店員を始末できます」
彼女がそう呟いた瞬間、ヘルメットの無線機の中から、仕事の相方であるスローンの声が聞こえた。
『ヴァローナ、聞こえるか』
「肯定です」
そう返答すると同時に、彼女はもう一人の標的である粟楠茜を無傷で捉えた、今はトラックの中にいるということを聞かされた。
それを踏まえたうえで、帝人達の会話から聞きだした情報を加え、淡白にスローンに来良まで来るようにと指示を出す。
しかしそのときの彼女は、確かに穏やかな笑みを浮かべていた。
「これは狂喜乱舞です。私達、今日、まとめて仕事が片付きます」
「仕事が終われば、心ゆくまで黒バイク討伐に専念できる。僥倖です」
♀♂
来良学園 一階廊下
「こんなに簡単に入れるって……警備に問題ありだ」
こそこそと廊下を移動しながら、私は両手で抱えた消火器に視線をやって、ひとつ息をついた。
そう、消火器。私が思いついたいいものというのは、これのことだった。
中には粉末が人体に影響を及ぼすものもあるらしいけれど、それならそれでノンちゃん達を拘束している奴の後頭部にでも投げつけてやろう。
私の腕力じゃ、死なせてしまう可能性なんてほぼ無いのだし。
むしろ、問題はそのあと――。
そうして何かに急かされるように足を進め始めると、窓の外に見覚えのある顔を見つけた。
校舎の影で、その人やその人の仲間らしき人達が周囲を見渡している。一体何をしているのだろう。
これは声をかけてもいいものかと、そう固まっていれば、丁度本人と目があった。
午前中にも会った狩沢さんだ。そのそばには遊馬崎さんもいる。
狩沢さんは一瞬驚いたように目を瞬かせた後、口の前に人さし指を当てながら小さく手招きをした。
静かにこっちへ来てと、そう言われているようだったので、私は消火器を抱えたままこっそりとグラウンドの裏手へ続く扉に手をかけた。
最小限の音で開閉を済ませ、狩沢さん達の元へ向かう。
「そんなもの抱えてどうしたの?」
「新種の萌えアイテムっすか?」
「いえ、これは……」
鈍器となる予定の武器です。
と言うつもりはなかったけれど、ふと二人がどうしてここにいるのかということに思い当たってしまい、
「門田さん、向こうにいるんですか」
質問返しをしてしまった。
すると二人は一度顔を見合わせて、曖昧な笑みを浮かべる。
「ドタチン“も”いるって感じ」
「プラス野崎さんの探し人と、その他モブが面倒なことになってる最中っす」
「狩沢さん達は、何を」
「様子見のつもりだったんだけど、今ちょっとドタチン達がヤバめなんだよね。だから、ここいる全員で形成逆転を狙うわけ」
「女の子を人質にとるような典型的悪役には、それらしい展開が待ち受けてるもんっすからね」
そう言って意地悪げに笑った狩沢さんと遊馬崎さん。
少し、怖い。
「だから、例の総長君との再会はその後だね。それまでユウキちゃんはここに――」
「私も行きます」
そのためのこれです。
そう言って消火器を軽く叩くと、
「……これって正臣君のときと同じ展開だよね」
「……意外と頑固っすからねー、野崎さん」
二人がこそこそとそう言い合っていた。しっかり聞こえているんだけど。
それでも私は、今度こそ自分自身もそこへ行かなくてはいけないと思う。身の程をわきまえろと言われたって、そんなもの知るかと返してやろう。
というか、千景と私の問題なんだから私が行かなくてどうするんだ。
これで怪我をしたって、それは私だけの責任なのだから。喧嘩ができないのなら付属品に頼るまでだから。
ずっとそう考えながら黙っていると、遊馬崎さんが口を開いた。
「でも、消火器はあった方がいいかもしれないっすね。万が一って可能性もあるわけっすから」
「……遊馬崎さんは、なにをするつもりなんですか」
消火器を投げつけようとした私が言える義理ではないのだけれど、今の遊馬崎さん――凄く怖い。なんと言うか、雰囲気が。
だって万が一、消火器が必要になる事って火炎関係しかない。
僅かに身を引いた私に対し、遊馬崎さんは不敵に笑って、
「パイロキネシスっすよ」
「パイロキネシス……」
なんですかそれ?
何のことか分からず、そう首を捻った時だった。
「ゆまっち!今ならいけそう!」
いつの間にやらグラウンドの様子を見に行っていたらしい狩沢さんは、そう言ってこちらへ振り向いた。
すると、周囲にいた人たちが(所謂チーマーと呼ばれる人たちのようだった。さっきの連中とは雰囲気がまるで違うけれど)すぐにグラウンドの方へと向かい始める。
「了解っす。野崎さんはその消火器を持って、狩沢さんといれば大丈夫っすよー」
とても軽い調子でそう言った遊馬崎さんの手には、いつの間にやらオイル缶が握られていた。
……やっぱりか。まあでも、遊馬崎さんの言うとおり、女の子を人質にとる奴相手には丁度良いかもしれない。まさか本気で大火傷を負わせるつもりはないだろうし。多分。
さっきの人たちに続いてグラウンドへと駆けて行ったその人を見送り、私は私で狩沢さんの元へ急ぐ。
「私ってこういう喧嘩は無理だから、ユウキちゃんも観戦だけにしてね」
何かあっても助けられないし。
駆けよった私にそう言って、狩沢さんは真面目な顔をした。このとき場違いにも、私とそんなに年は変わらないはずなのに、どうしてこんなにも違うのだろうと考えてしまった。
……場数の差ということにしよう、うん。敵味方入り混じりの喧嘩なんて、私は経験したことがない。
そうして狩沢さんの言葉に頷くと、
「よし。じゃあ、行きますか!」
その人はいつもの表情で明るくそう言い、私の腕を引いた。
(乱闘開始数分前)
再会までもあと数分。
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