三人三様



 都内某所 駅のホーム


 
 ホーム内にいながらも、ただその片隅で携帯を眺めているだけの彼――折原臨也は、自分の思い通りに事が進んでいることを確認し、緩やかに笑った。

 臨也が静雄を貶めた回数など、とても数えきれたものではない。
 しかし、最終的には期待を裏切られることの方が多く、今回もどう転ぶかは分からないでいたが……
 臨也が覗いている携帯画面の向こうで、確かに静雄は殺人の冤罪を被り、追っ手から逃げ回っているようだった。
 もっとも、静雄が全く暴力に頼らなかったというのは、多少不愉快であるらしい。

 化け物は化け物らしくしていればいい。人間的な成長なんて、化物にとってみればただの退化でしかない。

 そんなことを思っている最中、ふと気になる情報が携帯画面に映し出された。
 池袋を文字通り縦横無尽に逃げ回っている静雄はなかなか目立っているらしく、池袋関連の掲示板上ではしばし話題になっている。
 その中にあった一つの書き込みを見て、臨也は小さく眉を潜めた。



〈あれ?平和島静雄って、今ひとりで走り回ってんの?〉

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〈いや、20分前ぐらいの話なんだけど、そのときは女連れてたんだよ〉

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 ・

〈特徴?そんなん詳しく見てるわけなねーだろ、すげえ速さで通り抜けて行ったんだから〉

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 ・

〈あー……でも、髪は短かったっけ。それぐらいしか分かんねー〉


 

 ――ユウキか。

 書き込みを見た直後、臨也はそう判断した。
 静雄と行動を共にするような髪の短い、足の速い女。そんな人間は臨也の知り得る限り、ユウキしかいない。
 どう行動すればこんなにタイミング良く、しかも静雄関連の事件に巻き込まれることができるのか。
 苛立ちとも呆れともつかないそれに、思わず携帯を握る手を強める。

 今は別行動をとっているようだが、それでもやはりユウキが自分の知らないところで何かに接触しているというのは、臨也にとって不愉快だった。

 ――誰にも頼らないなら、いっそ誰とも接触しなければいいのに。

 自分でも無茶なことを考えているというのは分かっている。
 ただ、数日前とは明らかに遠のいてしまった彼女に対し、そんな思いばかりが、普段にも増して募っていた。 



 ♀♂



 一時間前 某女子学園前


 池袋内のとある女子学園の前で、二人の男が対峙していた。
 一人はストローハットを被り、顔や腕に包帯を巻いている青年。もう一人はニット帽を被った、もう片方より少し年上と言ったところの青年だった。
 その二人と言うのはもちろん、六条千景と門田京平である。

 ダラーズの顔役だという門田を見つけた千景は、女……今回の場合ならば狩沢と離れるのを待って後をつけていたのだが、
 女子学園という看板にうつつを抜かしている間に、尾行に気づいていた門田に声をかけられたのだった。
 初っ端こそそんな締まりのないものだったが、お互いがどういう人間かというのを確認し終えたところで、門田に一通のメールが届いた。
 そしてその内容と言うのが、今朝出会った野崎ユウキの言っていた通り――池袋中でダラーズが襲撃されているというものだった。


「手前らダラーズが埼玉でやらかした事は知ってるか?」


 昨晩あったという静雄の話を終えた後、千景はストローハットの鍔をいじりながらそう言った。
 

「詳しいことはしらねぇが、ダラーズを名乗った連中が手前らを襲撃したってことは人伝に聞いた」
「人伝ねぇ。ダラーズの頭って奴からか?」
「いいや、ダラーズに所属してすらいねえ奴からだ」


 門田がそう言いきると、千景はさらに冷めたような顔をした。大方よその人間の方がダラーズの情報に詳しいことへ、呆れたのだろう。
 しかしその表情も、門田の次の一言で一気に変化することになる。


「野崎ユウキって女、知ってるか?」


 その名前を聞いた途端、千景は目に見えて驚いたような顔をした。

 ――こりゃ、知ってるな。

 多少千景の反応に気になることはあったが、とりあえず伝言を伝える相手は間違っていないと門田は判断し、口を開いた。


「さっきの話はそいつから聞いた。手前への伝言のついでにな」
「伝言?」
「ああ」


「手前のこと、探してるんだとよ」

 

 ♀♂ 



 昼 池袋某所



 平和島さんが走り去ってしまったその後、私は再び千景探しに精を出していた。
 これまでは大分人通りの多い場所を歩き続けていたので、今は趣向を変え、少し人通りのまばらな場所を歩いている。

 そういえば、平和島さんは本当に大丈夫なんだろうか。
 まあ、あの人に限って大丈夫でないわけがないというのは、分かり切っているのだけれど。
 いつぞや平和島さんが拳銃で撃たれた時のことを思い出し、私はどうにかあの人は大丈夫だと自分を納得させた。
 それに、今はもうどこにいるのかもわからない。一刻も早く平和島さんの冤罪が晴れるようにと願うことしか私にはできなかった。

 折原さんに連絡をつけるというのも確かにひとつの手ではあるけれど、平和島さんの言うとおり、どれだけ必死に懇願しても教えてくれるような人ではないから……。
 
 そう諦めの息をついて周囲を見渡すも、やはりそれらしい人影はない。
 チームの総長として動いているなら、もしかすると路地裏のほうにいるのかもしれないけれど、池袋の路地裏って一人で歩くには物騒すぎるからな……。
 そうしばらく悩んだ結果、思い切って路地裏へ向かうことにした。
 千景以外で物騒な人(と言うと千景自身がもの凄く危ない人のようだけれど)を見かけても、すぐに逃げれば問題ないだろう。多分。 
 
 昼食をとっていないので多少の空腹は気になるものの、この通りを抜けたらどこかで食べようと決めて足を進める。
 それにしても薄暗い、いかにも怪しい雰囲気の場所だ。今が昼間だとはとても思えない。
 そんな空気にふと、三か月前、罪歌に襲われた時のことを思い出してした。真相を知った今でも、自然と背筋が震えてしまう。……やっぱり入らなければよかった。
 せめて、どこか表通りに抜ける道はないかと周りを見渡すと、

 どこからか悲鳴のようなものが聞こえた。

 街中で悲鳴が聞こえると言うのは、明らかに異常なことだ。
 しかしそんな異常さよりも、その声に聞き覚えがあることの方が私は気にかかった。
 女の子ではない、かといって低いわけでもない男の子の悲鳴。そんな知り合いの顔を一人ずつ思い浮かべているうちに、身体はもう動き出していた。

 まさか、ダラーズの知り合いが襲われている?
 もしそうなら、私が真っ先に思い浮かぶ顔は帝人くんのものだった。ダラーズもなにも、彼はその創立者。今回の事件で一番危険なのも、彼と言うことになる。
 けれど、そのことを千景を含めてTo羅丸のメンバーが知っているとは思えない。
 むしろ千景なら、帝人くんが創立者だなんて言われても信じないし、手を上げたりもしないはずじゃ……。

 何が起こっているのかまるでわからないまま、いくつか曲がり角を通り抜けると――


「帝人くん!」
「……ぅ……え……?」


 思っていた通り、さっきの悲鳴は帝人くんのものだったようだ。
 そう思いながらも眉を潜めて、目の前の光景を凝視する。

 地面に伏したまま、息も絶え絶えこちらを見上げようとしている帝人くんの頭は、どこぞの下衆という言葉がぴったりな男に踏みにじられていた。



 (三人三様、ただし一人仲間外れ)



 再会まであと少し。

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あきゅろす。
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