ただふたりで、始まりを
  
 ユウキの姿見えなくなったその後も、千景はその場に留まっていた。

 彼女の「ごめんなさい」という言葉を聞いた時点で、彼女がこの場を去った時点で、事は終わってしまっている。
 もう彼女にとっての自分がどういうものになってしまっているのか、理解できてしまった。
 曖昧にではなく、はっきりと。自分たちは別れてしまったのだと、そう、分かり切ってしまった。

 分かり切っているのに、それを呑み込むことは、まだ出来ないでいる。

 何かをやり残しているような、言い残している気がして。
 それでも彼女の後を追ってはいけない気がして。
 結局、その場に立ちつくす事しかできないでいた。
 
 
「失恋パーティー、する?」


 そう背後から聞こえた声に千景が振り向くと、ノンが首を傾げて立っていた。


「失恋したのにパーティーっつーのも、変な話だよな」


 苦笑いを浮かべてそう返事をした千景に、ノンは小さく息をついた。


「やっぱり未練タラタラで、諦められないんじゃん。っていうか、最初に謝っておくと……うん、話聞いちゃった。ごめん」
「……別に怒らねーけど」


 言葉の通り怒ってはいないが、諦められないという言葉が嫌に的を射ていた。
 しかし、これ以上食い下がりたくない。ユウキの困った様な顔が目に浮かぶから。もしくは、泣きそうな顔をするかもしれないから。


「諦めるとか諦めないとかじゃなくて、諦めるしかないんだよ。あいつの困った顔も、泣きそうな顔も見たくねぇ」
「……ふーん」


 何か納得がいかないような顔をして、「でもさ、ろっちー」とノンは口を開いた。


「ユウキさん、今ろっちーのせいで泣いてるよ」


 そんな平然とした声に、千景は俯きがちだった顔を上げた。


「泣いてるよって……それ、見たのか?」
「ううん。でも、ユウキさんはろっちーのこと、大好きだって言ったよね。でも、別れなくちゃいけなかったんでしょ?それなのに泣かない女の子なんか、いないよ」
「でも、俺が追いかけるのは、」
「ろっちーは泣いてる女の子を放っておけないはずだけど。
 っていうか、二人して笑ってる必要なんか、ないと思うよ。泣きたいなら泣けばいいし、言いたいことは全部言えばいい。何か残しちゃう方が、よっぽど辛いよ」
  

 帰ったら、みんなで慰めてあげるからね。

 そう言って手を振るノンへ、千景は帽子を眼深く被り直し、


「俺の失恋話、みんなに暴露する気かよ」 

 
 と、口調だけは軽い言葉を言って、ユウキの姿が消えた方へと駆けだした。



 ♀♂




 来良学園 校門前



「傍に、いたかったのかな……」


 そう自分へ問いかけても、答えは一向に見つからなかった。

 好きなのに、それは恋愛感情ではなくて。
 傍にいられないことは分かっているのに、そうできないことが辛くて。
 お別れも済ませてしまったのに、まだ言い残していることがある気がして。

 このどうしようもない喪失感を、どうして埋めればいいのだろう。
 時間が経てば、楽になるのだろうか。
 ああ、私も未練がましい。
 いつまでこうしているつもりなんだ。
 
 そう拭っても拭っても止まらない涙を頬に感じながら、来良の校門を出ようとした時だった。

 誰かがこちらへ走ってくるような音が聞こえて、私は無意識のうちにそちらへ振り向く。
 
 
 ――千景だった。  


 きっと私の気持ちを汲んで、追いかけてはこないと思っていたのに、どうして。
 呆然としてその場に立ちつくしているうちに、彼は私のいる場所まですぐに辿りついた。
 

「今日、俺……走ってばっかだな」 


 息を弾ませてそう言う千景は、ほんの少し笑みを浮かべた後、


「でも、俺が泣かせたのに、追いかけないわけにはいかねーよな」


 そっと私の頬に触れた。

 ――こういうときは、一人で泣かせるものじゃない。

 一人で、帰り道に、泣くのがお決まりで。
 別れた相手に涙を拭ってもらっちゃ、さっきの別れは何だったんだってなるよ。
 せっかく、格好付けて、平気な顔して、笑顔で終わったのに。

 こんな顔を見られたら、意味ない――。
 
 そう思えばまた視界が滲み始めて、私は何を言えばいいのか分からなくなった。 

 
「……つーか、さ」


 黙ったまま何も言えない私に、


「まだ、言ってないことがあったから、それ言いに来たんだ」


 千景はそう言って、泣きそうな顔をしながら笑った。


「俺も一緒にいられて、楽しかった。お前の笑顔を見られるだけで、嬉しかった。俺には我儘言ってくれることも、本当は心底嬉しかったんだ。
 幸せだなんて言われたのも、初めてなんだよ。俺のこと好きになってくれて、ありがとう。俺もお前を好きになれて良かった」


 そう言い終えると同時に、彼は私の身体を抱き締めた。

 ごめん、最後だから。
 
 耳元で聞こえたそんな言葉に、気がつけば、私は。


「ごめん、ね……ごめん……ごめん、なさいっ……」


 嗚咽を我慢できないぐらいに泣いて、ただ「ごめんなさい」と繰り返した。         
 何度言っても、その言葉が足りなくて、言い足りなくて、何度も何度も繰り返した。

 好きなんだよ、好きで、好きで、本当に大好きで、千景の事が大好きなんだ。
 何度言っても足りない、何度謝っても足りない。言いたいことの半分も伝わらない。
 本当はもっと言いたいことがあるの。涙は止まらなくてもいいから、聞いてほしいことがある。
 上手く言えないかもしれないけれど、今を逃したら、ずっと言えない気がするから――。
 
 そうして同じ言葉ばかりを繰り返す私へ、千景は背に回した手を緩めないまま「俺の方こそ、ごめんな」と呟いた。


「お前のこと、まだ好きだから、すぐに普通の関係には戻れないかもしれない。迷惑もかけると思う。だから、お前も俺に迷惑かけることなんて気にすんなよ、頼むから――」
 

 お前が大切なんだ。   
 
 と、彼のそんな声を聞いて、心の底から温かいものが込み上げる。

 いつの間にか、私の口から出る言葉は、「ありがとう」に変わっていた。



 (ただふたりで、始まりを待つ)



 だめだった。でも、好きに変わりはないから。

*前へ次へ#

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!