ここにいるのに
池袋 某喫茶店前 午前
「……閉まってんじゃねーか」
平和島静雄に殴られた怪我が一日やそこらで直るはずもなく、千景は包帯を顔に巻いたまま、悔しげにそう呟いた。
ノンから教えられたユウキが働いているという喫茶店に行ってみると、扉には「close」という札がかかっていた。
掲げられている看板に書かれている定休日とも被っていない上、もう付近の店は営業を始めているのだから、千景が早く来すぎてしまったというわけではなさそうだ。
考えられる理由は臨時休業か開店の準備ができていないか――それぐらいのものだろう。しかし、窓から店の中を覗いても、人のいる気配はまるでなかった。
どれにしたって、ユウキがいなければ意味がない。
「タイミングが悪いっつーか、なんつーか……」
ユウキとはこんなんばっかだな。
自嘲気味にそう言って、携帯電話を取り出した。
昨日から何度もかけなおそうとしたか知れないが、自分から近づけば近づくほど彼女が逃げてしまいそうで、結局今回も電話をかけるのはやめにした。
「荒事が終わってから、探すか」
ダラーズと同時並行では、とても見つけられそうにない。
帽子を眼深くかぶり直し、千景は足早にその場を通り去って行った。
実は彼が来る十数分前にユウキもこの場へやって来ていたのだが、お互いに相手の影も見ることはできなかった。
♀♂
「まだ池袋にいると思うんだけど……」
周囲を見渡してそうぼやいてみれば、千景がひょいと現れた――なんてことはもちろんなかった。
千景が池袋へ何をしに来たのか。
平和島さんとタメを張るだけならもう目的は終わったはずだけれど、ついさっき念のためにと見ておいた埼玉の暴走族についての掲示板で嫌なものを見てしまった。
なんでもダラーズがTo羅丸に喧嘩を吹っ掛けたのだとか。……いかにも千景が買いそうなものじゃないか。
女たらしの彼ではなくて、チームの総長である千景がどれだけそういうものに対して容赦がないか、ある程度までは知っている。
慌てて池袋関連の掲示板をのぞいてみたところ、幸いにもというかなんというか、よそのチームが池袋の人間に手を出してきたなんて話題はどこにも上がっていなかった。
つまり、千景がダラーズのメンバーへけじめをつけようとしているなら、今日は池袋をうろついているはずなのだ。
……いや、一言に池袋って言っても、一人で探すには広すぎるから、本当は見つけられるかどうか不安なのだけど。
おまけにダラーズの知り合いが多すぎて、また何か起こるんじゃないかと気が気でない。まさか、また折原さんが絡んでいるのだろうか。
「…………」
ふと今朝新羅さんの言っていたことを思い出して、そしてこれからのことを考えると、あの人とはしばらく会えないような気がした。
もちろん折原さんが一年半前の出来事の黒幕だなんてそんなことは考えない。偶然あの人に関係する出来事で一番最近にあったものが、それだったというだけの話。
そもそも、折原さんのテリトリーでもない埼玉の女子高校生だった私や桃里にあの人が興味を抱く機会なんてあるわけがないのだ。
文瀬雪子が情報を売れと言うまであの人は私達を知らなかったはずだから、そう考えればやっぱり文瀬雪子が元締めだとしか思えない。
「さて」
そろそろ、千景探しに集中しよう。
今は大分目立った格好(顔が包帯で巻かれている)をしているのだから、案外人に聞けば何か情報をもらえるかもしれない。
そう考えて、一体だれに聞いたものだろうと辺りを見回していると、携帯の着信音が鞄の中から聞こえていた。
桃里を騙った文瀬雪子じゃないかと思わず緊張してしまったが、携帯を取り出してみれば、何だかとても懐かしい名前が表示されていた。
何だろうと首を傾げながら通話ボタンを押して「はい」とお決まり言葉を相手へ伝えると、
『朝からすいません』
通話相手である紀田正臣くんは、少し緊張しているような声でそう言った。
彼の声を聞いたのは一体何週間振りだろうか。それ自体には嬉しさも感じたのだが、彼が緊張しているというのが妙に引っかかった。
『ユウキさん、一昨日のチャットに参加しましたか?』
「……ううん。甘楽さんに入室拒否されたせいで、覗けてもいないよ」
『臨也さんが?』
「そう。もしかして、何かあったの」
『それは……』
一瞬口ごもった正臣くんは、しばらくしてから幾分声を低くしてこう言った。
『さっきチャット部屋へ行ってみたら、ここ数日のログが全部消えてたんです』
「……なにそれ」
『こんなことできるのは管理人の臨也さんだけじゃないですか。だから、また何かしてるんじゃないかと』
それは、もっともな見解だと思う。
でも、私はそのことに関してはノータッチなのだ。情けないが何も教えてあげられることはない。
「ごめんね。私一昨日から折原さんと会ってなくて、何にも知らないんだ」
『いや、単に確認しようとしただけなんでっ。ユウキさんが気にするようなことじゃないっすよ』
「だといいんだけど……。そういえば、まだ帰って来られそうにないかな」
『――まだ、しばらくは』
「そう。まあ、二人の帰って来られるときに帰ってきてくれたら、それでいいから。急かせるようなこと言ってごめんね」
『謝らないでくださいよ』
俺の方こそ、すいません。
正臣くんは何故かそう謝った後「じゃあ、また」と言って電話を切ってしまった。
最後の謝罪が何だったのか私にはわからないけれど、どこか知らない場所でも何かが起きているようだ。
「そういえば……」
一昨日から折原さんに会ってないというところを何も追及されなかったのは、単なる私の考え過ぎだろうか。
(ここにいるのに)
偶然にすれ違い、故意にすれ違い。
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