片道疑問の増加傾向

 5月3日 池袋 サンシャイン60通り




「はー、変わった客がいるもんだな」
「ただの観光客だとは思うんですけどね」


 トムの呆れと驚き交じりの言葉に答えたユウキは、そうしてストローくわえ、紙コップの中身を音も立てずに飲み始める。
 ついさっき静雄が飲み物について尋ねたところ、オレンジジュースだと本人は言っていた。
 そういえばこういうファーストフード店で一緒になったとき、大抵紙コップの中は黄色だったことを思い出して静雄が小さく笑うと、

「平和島さんの飲み物も同じようなものでしょう」

 破壊力は段違いですけど。と真面目な顔で意味の分からない反論をしてきた。
 それに静雄は――ただのシェイクに何の破壊力があるんだ?――と首を傾げるだけだった。

 ちなみに、この三人がここで一緒に昼食をとっているのは、静雄達が昼休憩でユウキが午後から休みであるために偶然出会ったというだけの話である。
 

「そういえば、昨日の夕方頃に平和島さんと擦れ違ったんですけど、気付いてくれましたか」


 ユウキの口から出た『昨日』という言葉へ一瞬返答に間が空き、


「あれで気付かねえ奴なんて、いないだろ」


 表面上は変わりない調子で口を開いた。


「目ぇ合ったうえに、手まで振られてんだからよ」
「そうですか」


 うんうんと何かを確かめるように頷いたユウキは「良かった」と呟いて、ポテトの欠片を口に入れた。
 
 静雄が『昨日』という言葉に反応したのはもちろんユウキの知り合いを名乗る青年を思い出したからなのだが、
 自分が来たことは絶対に言わないで欲しいと言われているため、聞くに聞けない状態だった。
 加えてユウキが埼玉出身だということを思い出し、煮え切らない疑問に苛立ちを感じ始める。


「俺、ちょっと追加注文してきます」


 少しユウキから離れて落ち着こうと静雄は席を立つことにした。


「トムさんは何か追加、ありますか」
「あ?ああ……そんじゃ、コーヒー頼むわ」
「わかりました」
「いってらっしゃい」 


 何気ないユウキの言葉に静雄は何故か数秒動きを止め、すぐに何事もなかったかのようにカウンターへと向かっていった。



 ♀♂



「トムさん、コーヒー買って来ましたよ。……どうしたんすか?」
「あ、サンキュー。……いやな、ちょっと知ってる顔を見かけてよー」


 コーヒーを受け取ったトムの前に、静雄は落ち着いた様子で腰を下ろした。
 その隣では静雄の知人(というのが的確ではないことをトムは知っているが)がロッテリアのチラシを顔が見えない程の間隔で熱心に読んでいる。
 この二人の耳に先程の騒ぎか届いていたのかは分からない。

 静雄が追加注文をしに行ったすぐ後、屋外では万引きか強盗犯であろう男が逃走していた。
 それを一人の青年が力尽くで取り押さえ(というより文字通り踏み躙って)、そのあまりに躊躇のない行動により、青年本人と周囲の少女達が逃げ出した今も見物人が騒いでいる。
 

「友達かなんか居たんすか」
「いや、そういうんじゃないけどよ……」


 コーヒーをブラックのまま啜ったトムは、そう言って眉をひそめた。


「俺っつーより、お前に用があって来たのかもなあ」
「?」
「ほら、先月、埼玉の方の暴走族連中をぶん殴ったつーか吹き飛ばしたろ、お前」
「……ああ。俺の服破いた連中……」
「その、To羅丸っつーチームの頭が、そこにいた」
「……」


 自分の弟から貰った服のこと思い出して苛立っているのか、静雄の表情は険しい。
 それだけならこれ以上刺激しないようにと彼の上司は思うのだが、どういわけか静雄の視線は顔を隠すようにチラシへ読み入っているユウキへと向けられていた。
 そのことに首を捻りつつも、触れてはいけないところだと察したトムは話しを続ける。


「六条千景、って奴なんだけどな。普段は女の取り巻きつれてっつーか女に引きずられて歩いてるような奴なんだけどよ。
 まあ、一応はチームの総長って奴だらかな。家に火ぃ点けたりするような奴じゃねえが、とりあえず気をつけろよ」


 トムの言葉をどう思ったのか、ユウキから一度目を離した静雄は考えるように沈黙し、


「それって、なんか白いハートマークのついた革ジャン着てる奴っすか」
「?知ってるのか?まあ、それは特攻服みてーなもんだから、夜しか着てねえけど」
「……ああ、昨日来ました」
「は?」


 コーヒーを飲む手を静止し、トムは片眉を潜めて静雄を見る。
 当の静雄は買ってきたハンバーガーに手もつけず、まだ何か考えているような様子で口を開いた。


「いや……帰り道、なんかバイクに乗った奴が一人で来たんですよ」



 (片道疑問の増加傾向)



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あきゅろす。
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