ミスマッチな二人組
 翌日 朝 喫茶店内




「ゴールデンウィーク初日なのに、ここまで人が来ないのは不味いと思うんだけど」
「まだ午前中なんだから心配ねえよ。まあ、午後は臨時休業なんだけどな」
「本当に儲ける気ないよね、捺樹くんも店主さんも」


 そんなことを呟いてケーキの並んでいるショーケースにもたれ掛かり、ため息を吐く。
 今日は5月3日。昨日マイルちゃんが言っていたとおり、ゴールデンウィークの初日だった。
 にも関わらず、いつも以上にお客さんの出入りがない。
 確かに午前中だからというのもあるのだろうけど、捺樹くんの都合だとかで午後からは休みなのだから、いつも以上に頑張らないといけないのに。


「チラシとか、看板とか。何かした方がいいんじゃないかな。いつか潰れるよ、ここ」
「篠宮が店主だから問題ない」
「どういう意味。それに前あった大きなバイト募集もいつの間にかなくなってるし……定員越えるまでは募集するんじゃなかったの」
「そんなもん知らん。文句は篠宮に言ってくれ」
 

 厨房の方から聞こえてくる声にもう一度息をつき、手にしていたフキンでショーケースを拭く。
 その店主さんが来ないから、捺樹くんに言っているんだけど。

 そんな風に望んでない退屈なバイト時間を過ごしていると、扉の方からカランという音が聞こえてきた。
 待望のお客かと期待して「いらっしゃい、ませ……」威勢良く声を張り上げようとし、不発に終わる。


「本当に良いのか?こんなに堂々と店に入って」
「来客の頻度、従業員の人数、店舗の種類。総じて問題無し。入店を肯定します」


 二人のお客が扉をくぐり、中へ入ってきていた。
 一人は流暢な日本語を話す2メートル近い背丈の白人男性で、プロレスラーと言われても、というよりプロレスラーと言われて初めて納得できそうな体格をしている。
 もう一人はやや癖のある話し方をしている金髪の白人女性、年齢は私と同じぐらいだろうか。とても整った顔立ちをしている美人さんだった。
 ……いや、本当に綺麗な人なんだけど。ボディーガードを連れているモデルさんか何かだろうか、だから人目を気にしているとか。
 私は芸能界に明るくないから、全く名前が出てこないけれど。

 とりあえず普段通りの接客を心がけて、お冷などを用意する。
 どうやら日本語は通じそうなので、そこは安心材料だ。
 よしと意気込んで店内の入り口に一番近い席へついた二人組へと近づいた。


「いらっしゃ、」「この品物欄一列、注文です。早急な配膳を要求します」「……わかりました」


 急いで女性が指さしたメニューを伝票に書き取り、私は厨房の方へと早足で向かった。
 ……何だろう、あの人少し怖い。よく見てみれば体中に傷跡があるし、体型は細いというより引き締まっているというのが正しいように思えた。
 これでモデルというのは、違うよなあ……。


「これ、早急に運んでくれって」


 6品ほどの注文を渡すと、捺樹くんは「りょーかい」と気の抜けた返事をしつつてきぱきを準備をし始めた。
 私が飲み物の準備をしている間にカウンターへ置かれた品物をトレイに置いて、彼はさっさと二人組の方へ行ってしまう。
 仕事早いなあ、私もああならないといけない。

 特に変わったこともなく業務口調で品物を置いた後、私は彼と変わるように飲み物を運んだ。


「注文は以上でよろしいですか」
「肯定です」


 女性の頷きに軽く腰を折って「では、ごゆっくり」と言い、早々その場を立ち去る。
 少し振り返って二人の様子を見てみると、何やら男性の方が頭を抱えてメニューを指さし、小声で女性に何かを言っていた。
 対する彼女は淡々とケーキを口へ運び、同じく小声で会話をしている。……何か、こっちに不備でもあったのだろうか。

 何となく居心地が悪いけれどフロア内を離れるわけにもいかず、カウンターでカップ磨きを開始した。
 あの二人組は一体どういう人たちなのだろう。不用意に詮索するのはよくないと思うけれど、見れば見るほどおかしな人たちだ。
 悪いと思いながらも少し会話へ耳を傾けてみる。


「さすがヴァローナだ!これでやっと食べら、れ……いや、ちょっと待ってくれ。ヴァローナ、このプリンとブリュレの違いは何なんだ?俺には同じようにしか見えないぞ!?」
「……カスタードプディングはカスタードが主体、それを蒸して凝固したもの。対しクレームブリュレはカスタードソース、カスタードクリームへ砂糖を振り、バーナーやグリルで焦がす。その焦がす工程をブリュレと呼ぶ。また、できたカラメルを味わうのがクリームブリュレ。カスタードのプディング部分を味わうのが、カスタードプディング。すなわちプリン」
「なるほど、そうだったのか!」


 ……ええと、豆知識が増えた。うん。
 
 やっぱり変わった人たちだと思いながらぼんやりカップを磨いていると、


「意識回帰を所望、清算の必要性を発言します」
「え、あ、申し訳ありません」


 気が付けば、音もなく例の女性がレジの前に立っていた。
 その後ろでは白人男性がまた首を傾げ、ううむと唸っている。……いつの間に。
 そうして清算を素早く終えたその女性は、


「美味でした。しかし、再び来店の可能性、否定します」


 淡々と言って、男性を連れ、店を出て行った。
 

「……美味しいとは思ってもらえたんだ」 
「俺の作るもんが不味いわけねえだろ」


 ぼそりと呟いただけなのに、どうして厨房から反論の声が聞こえるのだろう。捺樹くん意外と地獄耳。 

 
「来店の可能性、否定します……」


 何となく、また来て欲しいんだけどな。
 最初は怖い人かもしれないと考えたけれど、あの独特な口調の印象からか、話してみたいとぼんやり思った。
 
  

 (ミスマッチな二人組)


 
 次会えたその時は、

*前へ次へ#

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!