タイムリミット
 夜 池袋某所


  
 街中で知り合いと目があったとして、それがお互いに話せる状態ではなかったとき、どうすることが一番なのだろう。
 例えば相手が電話をしている最中で自分の歩いている歩道とは道路を挟み反対側にいたときなんかは、どう反応するのが自然だろうか。
 静雄はそういった場合、よほど親しくない限りは何もしないことが多く、自分から見て目上の人間だと判断した場合には軽い会釈をする。
 それがセルティぐらいになると手を軽く挙げてみたりもするのだが、ユウキ相手にはどうするべきか、全く分からないでいた。
 
 彼女がそうしたように手を振れば良かったのかと一瞬考えてはみたが、何か違うような気がした。というか自分の柄じゃない。
 かといって会釈はもっと違うだろう。そう考えるとさっき自分の返した反応が一番無難だと感じた。

 現在静雄の目の前にはバイクを傍らに見知らぬ青年が立っている。
 そんな状況でどうしてユウキの事を思い出したのかといえば、その青年本人の口から「野崎ユウキ」という言葉が出たからという単純な理由だった。

 青年は一ヶ月ほど前に静雄が伸してしまったTo羅丸を統率している人物のようで、チームメンバーを簡単に黙らせてしまった静雄に興味があって喧嘩を吹っ掛けてきたらしい、のだが。
 「どっちかが口をきけなくなる前に訊きたいことがある」と切り出して、野崎の名前を口にした。


「ちいとばかし感情表現苦手で可愛い女なんだけどよ、あんた知らねえか?あいつの話にあんたとしか思えねえ奴が偶に出てくるんだ」


 チームの話をしていたときと大して変わらない表情だが、幾分声に真剣味が増していた。 
 
  
「池袋にいる俺より強そうな奴で、チームをやっちまった男なんてあんたしかいねえからな」

 
 やや自嘲気味な笑みを浮かべている青年に対し、静雄は眉を潜める。 
 今目の前にいる青年とユウキが知り合いだということに違和感を覚えた。
 チームの頭でいかにも女慣れしていそうな男なんて、むしろ彼女は相手にしないように思う。


「俺がそいつを知ってたら、何だって言うんだ?」
「住んでる場所かよく行く店か、ユウキに会えそうな場所を教えて欲しい」
「そんなもん本人に聞け」
「教えてくんねえから、あんたに訊いてんだよ」
「あいつが教えたくねえもんを俺が教えるわけにはいかねえだろ」


 ――やっぱりこいつ、知り合いってのは嘘なんじゃねえか?

 ふとそんなことを考えかけたが、実際にユウキの住んでいる場所を思い出してみればそれも無理はないと気が付いた。
 臨也とユウキが同居しているのを知ったのは、静雄自身でさえたった三ヶ月前だ。基本的にユウキはそれを隠しておきたいのだろう。
 そうして臨也という名前に苦い表情を浮かべていると、静雄の言葉を聞いた青年は、
 
 
「それもそうだ」


 と、思いのほかあっさりと頷いた。
   

「つーか、マジでユウキの知り合いかよ。最近会ったのっていつぐらい?」
「手前には関係ねえだろ」
「別にいいじゃねえか、俺なんてもう一年近く会ってねえんだから。近況ぐらい教えてくれよ」
「……今日だ」
「くっそ、本当に妬けるなあんた……。あいつ元気そうかい?電話やメールじゃ本心なんざ読めなくて困ってんだ」


 そう僅かに眉を潜めてから、静雄が答える間もなく表情を戻して、口を開いた。
 

「そんじゃ、そろそろ本題に戻ろうぜ。悪いね、関係ねえこと聞いちまって」
「それは構わねえが、こっちもひとつ訊いて良いか」
「あ?」
「お前、あいつと会ってどうするつもりだ?」


 念のためにと聞いた言葉へ、青年はしばらくきょとんとしてから急に笑い出した。

 ――何で笑われなきゃなんねえんだよ……。


「俺ってそんなにユウキの知り合いに見えねえの?まあ、あんたはユウキのことをちゃんと考えてくれてるってことだな」


 最後は安心したような声音でそう言い、ひとつ息を吐く。
 それから今までのやりとりの中で、最も真剣な面持ちで顔を上げた。


「俺はあいつと顔突き合わせて話さなきゃならねえことがあるんだ」


 
 (もうタイムリミット)
 
 
 
 電話やメールじゃ伝わない。

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あきゅろす。
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