もう信じていい?

 夕方 喫茶店



「明日から学校休みなんだよ!ゴールデンウィーク突入なんだよ!もう私テンション上がっちゃって、上がりまくっちゃって!」
「鎮(落ち着いて)」
「ああ、ゴールデンウィークなんだ」


 すっかり常連さんとなっているクルリちゃんとマイルちゃんの言葉を聞いて、店内に飾ってあるカレンダーへと目を向けた。
 今日は5月2日で、明日は3日、祝日となっている。まあ、サービス業には関係のない話だけど、そうか学生は休みなんだ。
 ちょっと羨ましい。


「でも、課題とかも結構多いんじゃないかな」
「肯(多いです)」
「それ言っちゃダメ!」


 マイルちゃんに万歳のポーズで怒られた。
 

「何で高校生になった途端、こんなに宿題増えるの?おかしくない!?今度宿題持ってくるから、店員さん教えてっ」 
「細かい数学の公式とかは忘れちゃってるんだけど」
「じゃあ、英語とか古典とか!」
「お客さんがいなかったらね」


 お店としてそれはあまりいただけない状況なんだけど。
 この際本音を言わせて貰えば、バイトというより正規の店員並に働いていても、時給はいまひとつなのだ。
 それでもこの環境が好きだから、辞めたりはしないのだけれど。

 というか、私が辞めたら捺樹くんしか店員がいなくなる。店主さんは本当に何をしているんだか。

 一番最近で姿を見たのは何時だったろうと首を傾げていると、カウンターからその捺樹くんが出てきた。

「野崎、さっき情報屋から電話が」「何て!?」「宛(マイル宛てじゃ)……違(ないんだから)……」


 椅子から立ち上がって私の代わりに質問をしてくれたマイルちゃんを、クルリちゃんが服の裾を引っ張って座らせる。
 「お前ら本当に仲良いな」と言ってへらりと笑った捺樹くんは、こちらへ向き直り、一言。


「あんた、今日俺ん家に泊まれってよ」
「…………」


 平然とした顔でいる彼に対し、私の思考回路は一瞬停止した。
 “俺ん家”って、捺樹くんの家ってこと?


「あのイザ兄が!?」
「怪(おかしい)……」
「今日からゴールデンウィークの終わりまで、面倒な客と危ねえ客が立て続けに来るんだってさ」 


 面倒な客と、危ない客。
 以前ならそういう人が来たときは部屋に閉じこめられたものだけど……バイトを始めてからはそういうものにも鉢合わせしなくなったのに、どうして今さら?
 そう疑問も感じたが、折原さんがそう言うのならそうなんだろう。今朝のこともあるため、気分良く信用することが出来た。

 欲を言えば直接話して欲しかったけれど、急に決まったことなのかもしれない。
 こうして誰かを疑わなくて済むというのは、本当に気が楽だ。


「家っつっても、俺は最近ここで寝泊まりしてるから単に部屋を貸すだけだ。鍵も全部あんたに預けるし、寝込みも襲わねえよ」


 情報屋に因縁つけられるのだけはごめんだからな。
 そうへらへらと笑う捺樹くんだが、


「でも、そこまでしてもらわなくても泊まる場所ぐらいは自分で、」「むしろ私たちのアパートに泊ま、いっったい!クル姉痛い!!」「話(話しの)……妨(邪魔)……」


 そんな二人のやりとりを見てから、お互い顔を見合わせた。


「……こうなんのが嫌だから、俺の家を指定したんだろ」
「……なるほど。だけど、捺樹くんは本当にいいの」
「さっきも言ったけど、俺滅多に家帰らねえんだ。掃除でもしてくれりゃあそれでいいよ。盗まれて困るようなものもねえし」
「そう……」


 まあ、今朝折原さんに言うことを聞いてくれないと皮肉られたばかりなのだし、今回ぐらいは従ってみよう。
 そこまで無茶なことを言われたわけでもないのだから、後で確認の電話だけいれて今日は外泊。
 

「ありがとう、捺樹くん」



 ♀♂



 数時間後 池袋某所



「捺樹くん、本当に家へ帰ってなかったんだ……」


 バイト終了後、捺樹くんと何故かクルリちゃんとマイルちゃんも一緒に彼の家へと向かった。
 そこはお店から歩いて20分ほどの場所にあるアパートだった。外装は至って普通。
 ただ、捺樹くんが長らく家に帰っていないせいか、中は悲惨な状況になっていた。掃除でもしてくれればそれでいいというのは、そういうことだったらしい。
 クルリちゃんもマイルちゃんもその惨状を見るなり逃げるように帰って行ったし。

 そんな状況からどうにか住める環境に戻したのだけれど、そのときにはもう夜の9時を回っていた。
 最後に玄関の花瓶に挿してある萎れきった花を捨てて、花瓶だけを元の位置に戻し、今は買い出しへ行こうと歩道を歩いている。


「……あ」


 そういえば、折原さんへ連絡するのをすっかり忘れていた。

 鞄から携帯電話を取り出し、電話帳から“折原臨也”ではない表示名を選択して電波を発信させる。
 すると、ワンコール待っただけで『思ってたより遅かったね』という折原さんの声が聞こえてきた。


『捺樹君から聞いた後に、すぐかけ直してくると思ったんだけど』

「一応バイト中なので。閉店した後に掛けようとしたまま、忘れてました」

『彼が嘘をついて君を家に連れ込もうとしたっていう可能性も皆無じゃなかいんだから、それぐらいの危険意識は持ってほしいねえ』

「はあ……捺樹くんはそういう人に見えませんけど」


 お客さんもいなければ店主さんもいない、二人っきりの状態なんてよくあることだ。
 きっと、単なる職場仲間程度の認識しかされていないと思う。私だってそれと似たようなものだから。
 
 周囲の店や人をぼんやり眺めながらそんなことを思っていると、電話の向こうから小さく笑い声が聞こえた。


『人を見た目で判断するのはよくないよ』

「……折原さんが良い例ですね」

『君もある意味同じだから』

「とりあえず、私は本当に捺樹くんの家に泊まればいいんですか」

『そういうこと。久々の一人暮らしは寂しい?』

「偶には一人もいいかなと思ってますが。折原さんの方こそ、2ヶ月ぶりの一人暮らしですよ」

『食事を作る人間がいないのは物足りないね』

「ああ、そうですか」

『冗談だよ。君も一人がいいとか言ったんだからさ、お互い様だろ?』

「偶には、って言ったんです。いつもとは――――」


 そうして折原さんと話している最中、反対側の歩道を歩いている平和島さんが視界に入った。
 と同時に目が合ったので、会釈をしながら控えめに手を振ると、その人は小さく顎を引いて歩いていった。
 

「言ってません」

『今の間を俺はどう捉えればいい?』

「勿体ぶっただけと捉えて下さい」


 さすがに平和島さんがいたからとは言えない。


『ふうん、そう』

「それで、私はいつ頃に帰ってもいいんですか」

『ああ、言ってなかったっけ?ゴールデンウィークの終わりにでも捺樹君の家へ迎えに行くから、そこで待ってて。2、3日遅れることはあるかもしれないけど、必ず行くからさ』

「わかりました、待ってます」



 (もう信じていい?)



 疑っても、疑わなくても。

*前へ次へ#

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!