こんな朝の風景は、
キッチンに辿り着いてからは、昨日のご飯が余っているのでそのおかずになりそうなものを適当にこしらえた。
味噌汁も余っているものに具を足して再利用、手慣れてきたなと自分でも思う。まあ、一年経ったっていうのに慣れていない方が問題なのだけれど。
そうしているうちに折原さんが朝から胸焼けするような笑顔(一応褒め言葉)を浮かべて、キッチンへと入ってきた。
「今朝は随分酷い顔してるね」
「どういう意味ですか」
おはようを抜かしてそうきたか。
というわけで、折原さんのご飯を大目に盛ろう。なにが『というわけ』なのかと言われれば、その辺りは察して欲しい。
っていうか、本当にどういう意味だ。酷い顔って、酷い顔って!
まさか今朝のことを表情で引きずっていたりして……いやでも、さっき鏡で確認したときはそんなことなかったはずだ。
どうぞといつもの1.5倍の量のご飯を渡すと、その人はありがとうと言いながら茶碗の中身を少し炊飯器へと戻した。本当にこの人は動じない。
「ユウキの顔自体が酷いって事じゃなくて、表情が暗いって事」
「……別にそんなことないと思いますよ」
「そうやって間を空けるところが怪しいんだよね、何か嫌な夢でも見た?」
「折原さんがまた何かやらかそうとする夢は見ましたね」
この言葉自体は嘘だけれど、実際に見たとなれば十分に悪夢だと思う。
それにしてもさすがは折原さん、鋭い。伊達に人間観察を趣味にしていない。そう心の中で褒めることで、嘘をついたことを誤魔化してみる。
そうしてパタパタとスリッパを鳴らせながら鍋の方へ向かうと、折原さんが「……へえ」と言うのが聞こえた。
何だか振り返るのが怖い。
だって、本当のことを言えば必ずこの人は掘り下げてくる。折原さんの前で彼のことを話すのは絶対に嫌だ。
まかり間違えて折原さんが千景に接触するようなことがあれば、私は本気でパニックになる。
できることなら、彼には一生折原さんのような人と関わって欲しくない。チームの族長ではあるけれど、アンダーグラウンドなものとは無縁のはずだから。
ということで、今日も折原さんの威圧に勝ってみよう。も、というほど耐えられた記憶もないけれど。
「そういえば、最近折原さん忙しいそうですね。波江さんが煩わしそうに言ってましたよ」
「確かに忙しいんだけどさ、ユウキ。俺は話題を変えるつもりなんてないから」
語調だけがやけに穏やかだった。逆に怖い。
振り返るタイミングを完全に見失ってしまったんだけど……というか、こういう流れで話題を変えられた試しがないんだよな、私。
そう今さらのように思い出した。
「だから、折原さんが不敵に笑いながらパソコンを眺めてる夢を見たんです」
「普段から自分がそうしてることぐらい、さすがに自覚してるんだけどねえ」
自覚はあったんだ。
「つまり、それだけ折原さんのそういう姿を見ていると、不安になるんです」
「なるほどね」
「納得してもらえ」「要するに、それだけ必死になるほど誤魔化したい夢を見たんだ、君は」
――――これっぽっちも納得してない。
ああ、うん。知ってたよ。折原さんが自分の意見をそうそう曲げないことぐらい。
それでも多少丸くなったかなって「ユウキ」今もの凄く耳元で声が聞こえたような気がするんだけど気のせいだって思いたいッ。
やばいこれどうしようと思っているうちに、逃げないようにかどうか分からないけれど両肩を掴まれる。
「そろそろ教えてくれない?」
「だから、もう、教え」「今日ユウキさ、バイトだよね。捺寿君に休みの電話入れるから、ちょっと1日付き合ってくれる?」さっき忙しいって言ったのは何処の誰だ。
そう冷静に思いながらも声をかけられる度に背筋がぞわりとして「それは、ちょっと……」強気に出られない自分が憎いっ。
「じゃあ、言ってみようか」
「…………はい」
やっと両肩が解放されたので、頭を押さえながら息を吐いた。
何だか朝からもの凄く疲れてる……。
「折原さんと初めて会った時期の夢です、だから話したくありませんでした。後は推測して下さい」
そう一言一言を区切って素っ気なくそう言うと、
「ああ、そういうこと」
折原さんはやけにあっさりと引き下がった。
さすがにその辺りは弁えてくれるようになったらしい。
そう安心してもう一度息を吐いていると、「ユウキ」と名前を呼ばれたので、とりあえず振り返った。
すると、なぜか折原さんが考えるように黙ってこちらを見ている。
「あの、何ですか」
折原さんの沈黙は怖い。
待っていられず聞き返すと、その人はいつも通りの笑みを浮かべて、
「いや、やっぱり後にしよう」
そう言ってキッチンを出て行った。
「……なんなの」
後で何をされるんだろう。
今日はこっそりバイトへ行った方がいい、のかな……。
(こんな朝の風景は、疲れる)
それある意味予知夢。
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