私のせいだった、
 かつての親友だった臼谷桃里は、私が高校三年生だった時、ビルの屋上から飛び降りて死んでいる。

 彼女の飛び降りる瞬間こそ目にしてはいないが、地面に倒れ伏した真っ赤な彼女の姿はずっと覚えている。
 それは忘れたくとも忘れられない、極力思い出さないようにしている記憶のひとつ。私が逃げ惑っていたものの一つ。
 だから、彼女が実は生きていて、電話をよこしたなんてことは、あり得ない。

 そんなことはありえない。 

 頭の中ではそう理解しているのに、動悸は激しくなるばかりで、倒れないようにと支えにしている壁のお陰でどうにか立っている状態だった。
 動揺しているから、こんな反応になるのかもしれない。死んだはずの人間からかけらた電話に、驚いているだけなのかもしれない。
 ――そう思えるほど、私は彼女に対して明るい思いを持っていなかった。

 なぜって、私のせいで彼女は死んでしまったのだから。
 
 それを他人のせいにしようとは、今さら思わない。
 けれど、忘れようとはしていたのだ。今の生活の楽しさに、過去のものだと区切りをつけようとしていた。
 折原さんに今が楽しいかと聞かれて答えに渋ったのは、さすがに罪悪感を覚えたから。でも、根底では楽しいと思っていた。彼女との記憶に蓋をしようとしていた。

 だから、忘れるなって、そんなこと許されるわけがないって、親友だったくせにって、あの子は「ユウキちゃん?」

 あの子と同じ呼び方をされたせいか、息も殺して振り返る。すると、椅子に腰かけていた三人が、驚いたような顔をしていた。


「タチの悪いメールでも送られてきたか?」


 そうトムさんに言われた言葉すら理解できず、一瞬無言で立ちつくしてしまった。
 けれど、三人の顔を見て少し落ち着いたのか「そんな、もんです」数秒後にやっと返事ができた。
 かと思えば、新羅さんは怪訝そうな顔をして、平和島さんは眉を潜め、トムさんは首を傾げている。嘘だとばれかけている証拠だ。

 
「ちょっと、お手洗い借りますね」


 これ以上この場にいると更に取り乱してしまいそうだったので、早々部屋から逃げ出し、廊下へと出た。
 それから、もう一度携帯電話と向き合ってみる。当然ながら、表示されている名前は変わっていなかった。

 けれど、やはり、これは別の人間から掛けられてきたものだとしか思えない。
 そう深呼吸を繰り返して、余計なことを考えずに結論付けてみた。それでも、一体誰がこんなことをするのだろう。
 候補に挙がりそうな顔を思い浮かべようとして、目を閉じた瞬間――。

 携帯電話から、再び着信音が流れ出してきた。

 あまりにも驚いて壁に背中をぶつけてから、震える手で携帯画面を確認すると、


 臼谷桃里と表示されていた。


 声にならない悲鳴を上げて、思わず携帯を投げ出しそうになったが、何とか踏みとどまりただそれを凝視する。
 何度確認してもその名前は彼女のものだった。そして、着信音は鳴り止まない。このままでは誰か部屋から出てきてしまうかもしれない。

 酷く混乱しながらも私の移した行動は、携帯電話の通話ボタンを押すことだった。


 ゆっくりと耳に近付けると、すぐに向こう側からくすりと小さな笑い声が聞こえ――


『やっと出てくれた』


 聞き覚えはあるものの、長らく耳にしていなかった声の持ち主はそう言った。

 
『もう、野崎さんったら、私のメールも着信も全部拒否してるでしょう』


 少し拗ねたような、落ち着いた女声。
 なのに、聞いているこちらは背筋がぞくりとした。


『非通知も出てくれなさそうだったから、臼谷さんの番号でかけてみたの。……というか、聞いてる?』


 私のこと、忘れたわけじゃないよね?

 そんな穏やかな声を聞きながらも、私の心臓は大きく跳ね、手だけでなく全身が震えていた。
 
 "彼女が死んだのを、今さら他人のせいにしようとは思わない。"

 なぜって、他人のせいにしたところで、彼女が生き返るわけでもないから。

 私の間違いがなかったことになるわけでもないから。


 けれど、それでも、どうしたって許せない人間は――――いる。



『私よ、私』



 折原さんと初めて会ったあの日に、 



『高校三年生で同じクラスだった、文瀬雪子です』



 事の真相を知ったそのときから。  
 



 (私のせいだった、あなたは×した)




 頭の中で、何かが弾けて

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あきゅろす。
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