逃走の終わり

 夜 川越町道沿い 某高級マンション



 例の女の子が眠ったのを見届けて、私は新羅さんと平和島さん達がいる部屋へと戻った。
 トムさんも平和島さんも女の子のことが気にかかるようで、今日は泊めてもらうことにしたらしい。
 そして、私はもう帰ってくれても構わないと二人から言われた。

 巻き込んで悪かった、とまで言われてしまったのだけれど、私だってあの女の子のことは気になっているのだ。ここで帰るだなんて、出来るわけがない。
 だから新羅さんから許可をもらい、今夜は四人で今後のことを話しあうことにした。

 ……とは言っても、話しの半分は新羅さんの惚気話だったように思う。
 確かにセルティさんは素敵な女性だと思うけれど、新羅さんのそれは病的とも言える気がした。少なくとも、恋は盲目というレベルではない。
 いやまあ……それを否定する気は全くないし、「末永くお幸せに!」と万歳付きで言えるほどには応援している。結婚式にはぜひとも呼んでほしい。
 が、若干着いていけない。

 その後は女の子が罪歌である可能性(目が赤くないということで却下)や平和島さんが知らず知らずのうちに恨みを買ってしまった可能性、そこからなぜか折原さんのことへ話しが飛んでしまったり、青春や今の高校生について話しが逸れたり――。
 最終的には新羅さんが平和島さんに意識もろとも黙らせられるということで話しは終わった。何があったかだなんて、言う間でもないだろう。


「本当に乱暴だなぁ、って待った待った!?何でもない!……そ、そういえば、ユウキちゃんってどこの高校出身なんだい?」


 目を覚ました新羅さんは、再び青筋を浮かべはじめた平和島さんの気を逸らせようとするように、そんなことを言った。
 その質問にあまり良いものは感じられなかったけれど、不快感を露わにする程自分の感情に素直ではないので、ぽつりと出身校の名を告げる。


「へぇ、それって埼玉の学校だよね。東京から電車通い?」
「いえ、もともと埼玉に住んでたんです」


 そう言うと、新羅さんは一瞬何かを言いかけて、すぐに口を閉じた。
 結局「なるほどね」と頷いてからは、一切高校の話を切り出そうとはせずにセルティさんへと話の主軸がずれていったので、もしかすると、何か意を汲んでくれたのかもしれない。
 
 そうしてしばらく新羅さんの惚気話に付き合っていていると、不意に私の着信音が室内に響いた。
 どたばたとしていたからか、床に放置されていた鞄を拾い上げて携帯電話を取り出し、部屋の隅へと向かう。
 着信相手は遠野捺樹と表示されていた。明日の打ち合わせか何かだろうか?

 首を捻って「もしもし」そうお決まりの通話文句を口にすると、


『あんた今どこにいる?』


 やや煩わしげな声が聞こえてきた。


「知り合いの人の家」 

『知り合い?あの双子とか?』

「違う違う、岸谷新羅さんっていうんだけど……知らないよね」 

『知らん。で、他に誰かいんの?』 

「他って……平和島さんと、」『あ、もういい。そんなら大丈夫だ。むしろ俺がやるよりよっぽど安全だな』

「……話が全く見えないんだけど」

『この時間帯なら、今日はもうそこに泊まるな?』

「う、ん。っていうか、本当に何の話を、」『そんじゃまた明日』


 彼はそう言って、一方的に通話を切ってしまった。
 ……一体、どういう目的で電話をしてきたのだか。平和島さんがいれば安全って……それは安全だろうけど、どうして今それを捺樹くんが気にするのだろう。
 そう考えながら携帯の画面を待ちうけに戻すと、


「ん」


 捺樹くんよりも前に、誰かが電話をかけてきていたようだ。不在通知のアイコンが表示されている。
 時間帯は、丁度女の子をベッドへ移動させていたときだった。そういえば、あのときは全員この部屋にいなかったから、誰も気づかなかったのかもしれない。


「臨也からかい?」


 何でもないように尋ねた新羅さんの言葉へそうかもしれないなと思いながら、「どうでしょう」と返事をして、アイコンをクリックする。

 と同時に、心臓が大きく鳴った。


「――――嘘」


 それは来るはずのないもので、来てはいけないものだった。
 向き合わなければと思いながら、二度と思い返したくない――そんな風に思っていた名前。
 あり得ない。頭の中でそう何度も反芻して、携帯電話を握り締める。
 無意識のうちに後ずさりをして、自分の足に躓きかけ、視界がぐらりと揺れた。
 

 だって、ありえないんだ。おかしい、こんなこと、あるわけがない。
 



 不在通知の着信相手は、臼谷桃里と表示されていた。




 (逃走の終わり)

 
 
 逃げ道なんて潰してしまえ。

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あきゅろす。
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