こうして夜が来る
夕方 川越町道沿い 某高級マンション
「なんで誘拐なんかしたの」
「してねえって」「してませんよ」
そう新羅さんの厳しい声へ、トムさんと同時で返事をした。
個人的に平和島さんはそういうことを嫌いそうな人だと思うのだけれど、あれだけ小さな女の子を連れて、強引に部屋へ押し掛けてしまっては訝しがられても仕方がないのかもしれない。
どうしたものかなぁと小さく息をついて部屋の隅へ眼をやれば、例の女の子が膝を抱えてこちらに背を向けていた。
さっき近づいて声をかけてみたのだけれど、ひたすら首を横に振られてしまったので今は様子見状態だ。
昼過ぎに半ば逃げ出す形でロッテリア付近から離れた私達は、平和島さんがこういう厄介事に巻き込んでも構わない言った新羅さん達のマンションへ向かった。
厳密に言えば私が付いてこなければいけない理由なんてない。けれど、だからと言って悠々とその場から離れることのできる人間でもないつもり。
そういうわけで、セルティさんは留守にしているらしいマンションを訪れて現在に至る。
誘拐と言う言葉に一瞬平和島さんが危ない雰囲気(というか青筋が浮いている)になりかけたけれど、二人が掛りで否定をしたからか今はいつもの表情に戻っていた。
一安心したところでトムさんが新羅さんへ事の経緯を話し、聞き終えた新羅さんは神妙な顔をして、
「話は解った……。俺に言える事は、とりあえず一つだけだ」
それから一呼吸置いた後、
「なんで誘拐なんかしたんだ!」
キュキリ。
聞いたことのない金属音が隣から聞こえてきた。
これ何も解ってくれてないんじゃないかなぁと思いながら、何となく音の正体に見当はつけて視線の向けると、平和島さんの掌にはアルミホイルのような金属の塊が一つあった。
……コップ消失マジックを、仕掛けなしで出来そう。
そんなことを思いながら、もう一度女の子に話しかけてみようと席を立った。
驚かせてはいけないので特に足音を忍ばせるわけでもなく近づくと、女の子は少しこちらへ眼をやった後、すぐにふいっとそっぽを向いてしまった。
なかなか手厳しい。というか、普通に傷ついた……いや諦めないけど。
「さっき少しこけちゃったけど、怪我とかしてないかな」
膝をついて、大分自然になってきた笑みを浮かべてそう言うと、女の子は視線を逸らせたまま無返答。
もしかして私、嫌われてる?
地味に突き刺さる反応に傷心しながらも次は何と言ってみようかと考える。そこでふと、女の子の震えがここへ来た時よりも増していることに気が付いた。
……もしかして。
思い当ったことを確認しようと手を伸ばしかけた時、平和島さんたちとの会話を終えたのか、新羅さんがやってきたので手をひっこめる。
私と同じように膝をついたその人は、にっこりと小児科の医者のような笑みを浮かべて口を開いた。
「大丈夫だったかい?もう安心だよ?あんなに恐そうなお兄さん達に連れ回されて大変だったろうけど。僕はあんな人間凶器とは違って愛と平和の人だからね、このお姉さんも同じだよ」
もしかして新羅さんは、平和島さんを怒らせたいのかな。
後ろから聞こえるトムさんの宥めるような声を聞きながらそう思い、やはり何も答えない女の子に大丈夫だろうかと心配になる。
同じように不思議そうな顔をしている新羅さんへ「震えが酷くなってる気がするんですが……」そうこっそり耳打ちをすると、その人は肯定するように「そうだね」と頷いた。
その後、女の子が熱を出して震えていたことが分かり、一気に室内が騒がしくなった。
とりあえず新羅さんの指示で毛布を出したり、女の子を寝かせたりと慌ただしく時間が過ぎていく。
だからだろう。
私は鞄に仕舞いこんでいた自分の携帯へ、来てはいけないはずの着信が来ていたことに気付くことができなかった。
(こうして夜が来る)
どうしたって来てしまう。
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