△心配性 ○???

「もうちょい踏み込んでもいいんじゃねえか?そりゃ臨也相手じゃ面倒だろうけどよ……つーか、あの男相手なら遠慮無くかっさらっていいだろ」
「そういうのは嫌なんすよ……というより何でトムさんが、その、俺がそういうんだって知ってるんですか」
「いや、お前……自分で思ってるよりかなり分かりやすいからな?そういう、」


 手洗いから帰ってくると、平和島さんとトムさんが神妙な顔をして話し込んでいた。
 だから、話しかけてはまずいのかと思い、かといって立ち聞きをするのもどうなのだろうと手持ちぶさたにずっと突っ立っていたところ――ようやくトムさんが私の存在へ気付いてくれたらしい。
 目があった瞬間に二人の会話が途切れ、トムさんがしまったという表情をした。……やっぱり私が聞いて良いような話しではなかったみたいだ。
 

「あの、何の話しかよくわからなかったので、大丈夫ですよ」


 手を左右に振ってそう言うと、平和島さんが少し振り返ってこちらに目をやった後、すぐに正面を向いてため息をついた。
 それが安堵の溜め息なのか、別の意味の含んでいたのかは分からないけれど。

 そういえば折原さんがどうとか言ってたけど、いろいろな意味で大丈夫なのだろうか。
 二人の間に立ち入って、事が無事にすんだことなんてないから、どうにも反応し辛い。むしろ、私が介入すればさらにややこしいことになるのが常だ。
 そろそろ帰ろうかなと思って席に腰掛けると、隣で平和島さんが何かを呟いたのを聞いた。
 そんなに聞いちゃいけない内容だったのかと思い、首を傾げてその人を見ていると、


「何でもねえよ……」


 そう言って、平和島さんは拗ねるような調子でシェイクを手に取った。何でもねえことはないと思うのだけれど、多分聞いたところで教えてはもらえない。
 誰かさんの所為かお陰か、その辺りの諦めは簡単につくようになっていた。

 私も早く飲み物を飲んでしまおう。そう思ってストローに口をつけると、次は平和島さんがこちらを見ていることに気が付いた。


「なんですか」
「お前、顔色悪いな」


 思わず飲み物を取り落としそうになった。
 トムさんは「そうか?」と言って首を捻っているのに、どうして平和島さんはそんなことを……。


「別に、大丈夫です」
「俺はお前が言う“大丈夫”と“安静にしてます”は信用しねえことにしてる」


 2ヶ月前からな。
 と、そう付け加えられた言葉に、私は何も言えなくなってしまった。
 確かにベッドを何度も脱走したけれど、それはそれなりの理由があって……いや、まあ、脱走した事実は変わらないか。
 

「そんならさっさと帰った方がいいべ。送ってやった方がいいんだろうけど……、あー……新宿だっけ?」
「いえ、一時的に池袋住まいなので、」「池袋住まい?」「……ええと」


 平和島さんから怪訝な顔で聞き返されてしまった。
 さすがに折原さんの仕事が絡んでくると、詳細は話せない、というか私がそもそも詳細を知らないし……何と言えばいいんだろう。


「昨日バイト先に他の人の家に泊めて貰えっていう電話がかかってきたので、そうしてるだけです」

 
 他は何も知りませんと言うつもりでそう言うと、さらに平和島さんの顔が不機嫌そうになってしまった。他に何と言えと……。


「あの野郎……また何か企んでんじゃねえだろうな……」


 ピキピキというよりビキビキという感じで、青筋が浮かび上がってきているように見えるのは――気のせいじゃないんだろうなぁ。
 何か他に話題はないかと必死に考えていると、


「で、誰ん家に泊めて貰ってるんだ?」


 トムさんがとても自然な流れで話題を変えてくれた。さすがトムさんっ。


「池袋っつーと、臨也の妹か?お前さんあの二人とも仲良かったよな」
「じゃなくて、バイト仲間の家です」
「ああ、新しく女のバイトが増えたわけか」
「いえ、増えてませんよ。今も変わらず、厨房の子と二人だけなので」
「……厨房って、確かバンダナ巻いてる男じゃなかったっけか?」
「その男です。とりあえず、彼のアパートで」「ユウキ」「……はい」


 さっきからことごとく平和島さんに言葉を遮られているような……というか声が恐ろしい。
 恐る恐る視線を隣に向けてみると、顔を僅かに引きつらせている平和島さん発見。……え。 


「お前……本っ当に危機感ねえな」
「危機感って……」


 ん、危機感?
 聞き覚えのある言葉に、どうして平和島さんの顔がひきつって、トムさんが何とも言えない表情を浮かべているのかに察しがついた。
 というか、それを聞くまで気付かなかった自分がどうなのだろう。


「確かに彼の家に泊めて貰ってはいますけど、捺樹くん自身とは泊まってませんよ」
「は?」
「最近ずっとお店の方に泊まっているらしくて、ここ一ヶ月一度も帰ってなかったそうです。だから、借家みたいなものかと」


 もっとも、掃除をあれほどしないといけない借家もそうありはしないだろうけれど。
 そう昨日の惨状を思い出してみれば、僅かに鳥肌が立った。


「私は昨日から泊まってるんですけど、最初は想像を絶する状態でした。部屋を一ヶ月放置しただけで、あんなになるものとは思えません。掃除中に何度目眩がしたか」

 
 今だって決して綺麗とは言えない状態だ、ある程度マシになったというだけだから。
 まあ、貸して貰っている身で偉そうなことは言えないのだけれど。
 そう溜息交じりに言うと、平和島さんは何度か瞬きをした後、


「……そうか」


 と、バツの悪そうな顔で、けれど安心したように呟いた。


「悪い……」
「いえ、私の言葉足らずが原因ですから……」


 むしろ、平和島さんに謝る必要性がない。


「でも、平和島さんは何というか、よく心配してくれますよね。それは嬉しいことなので」


 前々から思っていたことを口に出してみると、急に別方向へ視線を向けられてしまった。
 あれ、私は何か酷い勘違い発言をしてしまったのだろうか。

 そうしてしばらくお互いに黙っていると、「何でそっから進まねえかなぁ」とトムさんが小さく呟いたのが聞こえた。


「まあ、それはともかく……昼飯はロッテリアだったからよ、夜はバランスとってマックに……あん?」


 ロッテリアとマックのどこがバランス的なのだろうとつっこみかねていると、トムさんが私たちの背後を見て不思議そうな顔をした。
 平和島さんもそんなトムさんの様子に気付き、首を傾げて口を開いた。


「どうしたんすか?」
「いや、後ろ」
「「?」」


 丁度60階通りへ背を向けるように座っていた私と平和島さんが同時に振り返ると、


「後ろがどう……」


 そう言いかけた平和島さんの言葉が止まるようなものを見た。

 60階通りと店内とを仕切っているそのガラスに――ぺったりと、顔を貼り付けている小さな女の子が、こちらをじいっと見つめていた。

 

 (△心配性 ○???)


 
 悩んでばかりもいられない。

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あきゅろす。
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