本人しか知らない

 数十分前



 ま、予想はしてたけどさ。

 ユウキが昨日のバイト先からの帰りにどうしていたのか?
 可能性はいくつも存在していたし、ユウキの言っていた言葉を信じても全く不自然ではなかったはずで、むしろそれが普通とも言えたが――彼女の言葉は信じられなかった。
 もともと、ユウキは平然と嘘をつくことのできる人間だ。一年前に比べれば大分その節が薄らいできたとはいえ、無くなったというわけではない。

 それに加え、自分が今までいろいろな人間を騙して利用してきたその反動からか何なのか、ユウキにつかれる嘘は本当に気に入らない。
 だから、必要以上に彼女を疑って、本当のことを言わせようとしてしまうのだ。まあ、嘘をつかれて喜ぶ人間なんていうのもそうそういないだろうが。
 しかしまあ、同じことをユウキがしてきたとしても俺は何も言わないのだろう。その辺り、立ち入らせるつもりは全くない。
 波江はそれを面倒な関係だと言うが、別にそれ自体を面倒だと思ったことはなかった。

 むしろ、面倒というより嫌がっているのはユウキの方だが、その彼女にしたって半ばそんな関係を了承しているように見える。
 以前は異常な知りたがりであった彼女が、よくここまでそれを容認できるようになったものだと微小ながら感心し……さて、例の予想していたことについて話を戻そう。

 結論を言ってしまうと、ユウキは平和島静雄に会っていたようだ。 
 自分の手元に置いておくと気が散るため、波江に押しつけておいたユウキの携帯へ送られてきたそれは、確かに平和島静雄のアドレスからのものだった。
 名前が表記されていないのは、電話帳にそのアドレスを保存しておくと、携帯を見られたときに怪しまれるとでも考えたんだろう。
 こういうことに関して手回しがいいところも、どうかと思う。というより、それの対象が自分であるということに腹が立つ。

 無駄な思考はここまでにするとして、一体このメールはどうしたものだろう。
 これを証拠に昨日の嘘を問いただしても良いのだが、メールの内容を見た今となっては、彼女にこのメールの存在すらも知らせたくはない。
 それほど苛つく内容だった。

 これの送り主って、本当にシズちゃん?

 だとしても、文面から考えに考えて打ったものであろうことは容易に想像がついた。
 ので、


「はい、削除」
「……どこまで姑息なのよ」 
 
 
 呆れに呆れた様子でそう言う波江に、形だけの笑みを向ける。


「君だって、自分の弟に告白のメールが送られてきたら削除するくせに」
「それはもちろん削除するわ」


 いっそ清々しい開き直り方だった。


「そういうわけだから、ユウキにメールのことは話さないでね」
「……はいはい」


 適当な相槌をよこした波江には、その直後に今日はもう帰っていいと指示を出した。
 思っていた通りの無関心さで淡々と後片付けを始めた彼女は、淡白な表情で部屋を出て行く。
 本当に、どうでもいいというような感じである。もっとも、波江の場合常にそうであるため、気にはしないが。

 がらんとした室内でふと時計に視線をやると、そろそろユウキが帰宅してくる時刻を指していた。
 昨日の夕食のことを考えれば彼女は相当怒っているはずなので(理由の察しはついている)、そのフォローをするために玄関へと向かう。
 今の彼女なら、簡単に誤魔化されてくれるだろう。

 玄関に到着して、数分後。
 扉の鍵を開ける音はしたのだが、なかなか本人は入って来なかった。
 さらに、数分後。
 やっぱり入って来ないので、扉が開いてもぶつからない位置へと移動する。
 ユウキのことだから、どう顔を合わせようかとでも悩んでいるんだろう。

 なんてことを考えているうちに、ようやく扉が開かれたので、彼女が俺だと認識する前に抱き締めてみた。
 数秒状況が理解できないと言うように「ん――ん、」と静かに唸ってから「んえッ」と間抜けな声を上げた。
 表情が見えないので断定はできないが、声の焦り方からして十分に動揺している。
 体が密着しているせいか、彼女の心臓の音すら聞こえるような気すらした。

 うまい具合に誤魔化されてくれている。
 もう彼女の頭の中には憤りや理不尽さはなくなっていることだろう。

 こっちが無言でいることに、引っくり返った声で言葉をかけてくるユウキは、まあ、可愛いくないこともない。
 彼女の機嫌を直すための最短方法をとっただけなんだけど、というのは建前にして、誤魔化したかっただけだというのも、建前として。
 こうしてみたかったという本音が少なからずある。

 平和島静雄からはいろんなものを奪ってやった。数えるのも億劫なぐらいに、奪ってやった。
 だからたまに、極まれに、次は俺の番なんじゃないかと思うことがある。
 彼が俺から奪えるものなんてそうそうありはしないだろうが、例外ごとがいくつかあった。
 そのひとつが、ユウキ。

 だからその機会を与えないために、彼とユウキには接触してほしくなかった。
 けれど、池袋の街をうろついている限りそれは難しい。
 かと言って、これ以上ユウキの行動に口を挟むのは控えた方が良いだろう(これはかなり譲歩しているつもりだ)。
 
 いっそ出て行けないようにしてしまうのが一番楽そうだ。
 足の骨を折ってみるとか、さ。いや、さすがにリスクが大きすぎるので、実行はしないけど。
 だとしたら、やっぱりこういうことをして繋ぎとめておくのが今の限界だろうか。

 
「……っ」


 苦しげに身をよじった彼女へ、ようやく腕に力を込めすぎたと気が付いた。
 続いて沈黙の気まずさからか、くぐもった声で彼女は謝罪の言葉を口にする。

 別に、謝って欲しいわけじゃないんだけどねえ。

 そう内心苦笑を浮かべて、未だ戸惑った様子のユウキが、次に何を言うのかと耳を傾けてみる。


「聞いて、ますか」


 相変わらずの語尾が上がらない問いだった。
 そろそろ口をきかないと、可哀そうだろうか。


「聞いてる」


 聞いている。
 ユウキの目の前で、彼女の言葉を聞いている。
 
 そのことへ、俺は嬉しいとも苛立ちとも楽しいとも感じずに、ただ安心していた。



 (本人しか知らない)



 伝えられればどれだけ楽か、

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あきゅろす。
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