喧嘩循環


 翌日 夕方
 


「本当に……何でうまくいかないんだろう」


 座り込みながら店先の鉢植えに水をやりつつ、そんなことをぼやいていた。
 植物相手とはいえ生き物は生き物。相槌も何も打ってはくれないけれど、話ぐらいは聞いてくれるだろう。
 こんな愚痴を誰にこぼせばいいのかも微妙なところだし……とりあえず口にだしてしまえば、ある程度はすっきりするだろうし。

 昨日平和島さんと別れてからの帰宅最中、かかってきた電話に出てみると、案の定皮肉三割増し口調の折原さんからいつもよりも帰宅が遅いことを指摘された。
 そのあたりは前もって店主さんたちと口裏を合わせているので、お店の片付けが終わらなかったからと言い訳をしたのだが、
 どうにも疑われてしまったようで、とりあえず電話を切って帰った後も例の似非好青年笑顔で問い詰められてしまった。

 私は折原さんに嘘をついた。
 それは、当然いいことではないし、疑われても文句は言えない。
 けれどあそこまで疑ってかかられるとは思っていなかった。

 折原さんは私の言葉をすぐには信じてくれない、私も本当のことを話さない。
 そのあたりは、悪い意味でお互い様と言うべきだろう。真の信頼関係なんて私たちには築けていないのだ。

 そんな事実を突き付けられたような心地がして、さらに問い詰められていることにも苛々として、
 昨晩の夕食はご飯も汁物もおかずも全部一度冷蔵庫で冷やしてから出すと言うかなり回りくどい嫌がらせをしてしまった。
 夕食時に会話はなかった。今朝も同じく。さすがに、これは、まずい……と、言えなくもない。

 私が謝れば済むことなんだろうけど。
 私が謝れば、それで済むことなのだろうけど。

 どうしてなのかなと思ってしまう。
 うまくいっていたはずなのに、どうしてこうなってしまうのかなと思わずにはいられない。
 喧嘩をしても仲直りができるなら、そこから改善できるのならこんなことは気にしないのだけれど、
 どうにも、私たちは同じことを繰り返しているだけのような気がする。
 折原さんは頭の良い人だから同じ失敗は繰り返さないはずで、この間私が出て行ったのは昨日のようなことがあったからで……それなのに、またそれを繰り返していて。
 つまり、あの人にとってこの悪循環は失敗ではないのだろう。何かきっと、意図があるんだ。

 私はそれに、いい予感を感じたりはできないけど。

 おまけに昨日から携帯も見当たらないし……その在り処というか、現在の所持者も予測済みだ。

 ……これって、私が謝って済むことなのだろうか。 

 何か根本的なところを正さない限り、ずっと、こんなことばかり繰り返すことになるんじゃ――?
 しかしそうは言っても、マンション出て行っても素直に気持ちを伝えても駄目なものを、どうやって正せっていうのか私にはわからない。
 もう収拾はついたと思っていたのに。駆け引きのようなやりとりをしなくてもいいと、思っていたのに。

 それは私が、思っていただけなのだ。
    

「――っああもう!」
「うわ!?」


 うわ? 
 まさか、店に入ろうとしていたお客さんを驚かせてしまった?
 慌てて背を向けていた通りへ振り向くと、そこには見知った来良学園の制服を着た男子高校生がひとり、驚いたように半歩引いた姿勢で固まっていた。
 一度上がり切っていた頭の血を平常に戻し、半ば見上げるように視線を合わせて、


「久しぶり、かな」
「お久しぶり、です……」


 お互い途切れ途切れに挨拶を交わした。
 正臣くんが入院したあの日以来の再会だから……二週間ぶりか。二ヵ月以上顔を合せなかったこともあるので、それほど長い期間でもない。
 もともと、正臣くんや杏里ちゃんとはそこそこのやりとりがあるけれど、帝人くんとはあまり話したこともないし。
 

「え、えっと、あの」


 妙に慌てた様子で、帝人くんはそう口を開いた。


「道端に座り込んでたから、具合でも悪いのかと思って……大丈夫ですか?」
「鉢植えに水やってただけだから、大丈夫。驚かせてごめん」
「ならいいんですけど……」


 安心したような、困っているような。
 そんな曖昧な笑みを浮かべて、帝人くんはやっと姿勢をもとに戻した。それにつられるように、私も立ち上がる。


「鉢植えに水ってことは、この店で働いてるんですか?」
「そう。喫茶店とケーキ屋を兼ねてるんだけど、よかったら寄っていって。今ならお店貸し切りだよ、お客さんいないから」
「いえ、今日は……ちょっと」
「まあ、無理強いはしないけど。ああ、今から杏里ちゃんと待ち合わせとかだったりして」
「そ、園原さんとは、さっき別れたばかりですからッ」


 杏里ちゃんの名前を出した途端、さっきとは違う様子で慌て始めた帝人に意地悪く笑った。
 今日の春空は青いようだと、少しもうまく言っていないことを思いつつ。


「じゃあ、また今度寄ってね」
「……そうさせてもらいます」


 やや疲れた面持ちでそう言った帝人くんに、そろそろ別れ時かと何か言おうとした時だった。


「それなら、明日来てもいいですか?」


 思いついたようなその言葉に、どうぞどうぞと頷く。


「木曜日以外は基本開いてるから。あと、友達とかもどんどん呼んで」
「友達というか……今年入ってきた後輩の子に、池袋の案内を頼まれてたところだったので。あと、園原さんと狩沢さん、遊馬崎さんもなんですけど」 
「……狩沢さんたちとはどういう経路でそうなったの」
「最初は池袋の名所を聞こうとしたんですけど、途中から案内自体へついて来てくれることになって」
「ええと……私の先入観のせいかもしれないんだけど、凄く濃い場所を案内されるような気が……」
「実際、そうなると思います……」


 少し悔いの混じった口調だった。
 良い人たちだとは知っているし、狩沢さんや遊馬崎さんの趣味を否定したりはしないけれど……それに巻き込まれると大変だから、なあ。
 

「でも、楽しそうでいいんじゃないかな」


 大勢で池袋巡りなんて、羨ましい限りだ。
 本心からそう言うと、帝人くんも控えめな笑みを浮かべて頷いた。


「楽しくなると思います。話を聞いてくださって、ありがとうございました」
「いえいえ。帝人くんとこんなに長く話せたのって初めてだから、楽しかったよ。じゃあ、また明日」
「はい」


 そう軽く頭を下げてから足を進め始めた帝人くんの背が見えなくなるまで、私は少しの間ぼんやりしていた。
 礼儀正しくて、いい子だよなあ。帝人くんって。
 それでいて、ダラーズの頭か……折原さんからこれ以上変に干渉されないといいけど。

 そこまで考えてから、折原さんの名前が出てきたことに小さく息をついて、店内に戻ろうと、「てーいんさーん!!」聞き覚えのある声が聞こえると同時に、背中へと何かが体当たりしてきた。
 きっとしなくても、マイルちゃんだろう。


「店員さん聞いて聞いて!今日学校で――って、どうしたの!?何か落ち込んでる!?落ちちゃってる?墜落してる!?顔暗いよ!」
「何(大丈夫ですか)?」


 振り向いて見えたクルリちゃんとマイルちゃんに、少し気が和らいで、


「大丈夫」


 そう返してから、いらっしゃいと二人に言った。



 (喧嘩循環)



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