バンの中で

 帝人くんと思わしき声につられ、門田さんたちのものだろうバンに乗り込んだのは良かったのだけれど、


「ごめん、私のせいで余計に狭くなっちゃって」
「だ、大丈夫です」


 運転席に座っている渡草さんと助手席の門田さんはいいとして、後部座席以降はかなりごたごたとしていた。
 そのせいで真横にいる帝人くんとの距離が近すぎて少し気まずい。
 とか思っているうちに車が走り出して、いきなりのことに対処しきれず前方の助手席のシートで鼻をぶつけた。


「……あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫……というか、顔合わせるのは久しぶりだね、杏里ちゃん」
「そういえば、そうですね」


 まあ、頻繁にチャットで会っているからあまり久しぶりと言う感じはしないのだけれど。
 

「うわ、本当に店員さんも乗って来たっ」
「真(本当だ)……」


 杏里ちゃんとの会話を終えて若干涙目になりながら鼻を押さえていると、
 なぜかはしゃいでいるマイルちゃん(いやマイルちゃんは基本姿勢がこれか)とおとなしく座っているクルリちゃんを見つけたので苦笑を浮かべて軽く手を振る。
 するとマイルちゃんは手を振り返そうとしたのか、勢いよく窓ガラスに手を打ちつけて痛みに悶えていた……あの、ごめんなさい。
 その様子にどう声をかけたものかと悩んでいたときだ。


「お久しぶりです」


 真後ろから声が聞こえたので振り向くと、


「あれ、黒沼くん」


 春休みに一度お店へやってきた黒沼青葉くんがそこにいた。
 さすがにいつもの笑顔は苦笑に変わっているけれど、どうして彼がここに乗り込むことになったのだろうか。
 いや、そもそも、


「あの、どうしてこんな大人数なんですか」


 そう後ろの荷物スペースにいる狩沢さんたちへ聞くと、ふたりは少し困った顔で笑った。


「いやー、なんかさっきのチンピラに後付けられてたみたいで、車が来るまで待ってた喫茶店を出た瞬間大人数で追っかけられちゃってね。
 とりあえずその子たち連れて逃げてたんだけど、途中で何か追われてる帝人くんたちを見つけたから拾ったの」
「ちなみに、その追っかけは現在進行形っす」
「え」


 急いで後ろの窓ガラスから背後を確認すると、確かに何か群れのようなものがこちらを追っていた。
 それによく耳を澄ましてみればバイク音やら怒号やらが聞こえてくる……うわあ。
 

「こ、これ、どうしましょう!警察に通報を……」


 恐る恐るといった帝人くんの声にそういえば千景への連絡が中途半端に終わっているのを思い出した。
 警察への通報ももちろんだけど、千景から直接連中の誰かに電話でもかけてもらえば、なんとかなるかもしれない。
 慌てて回収済みの携帯電話を取り出して画面を開いてみると、


「……うそ」


 みごとに真っ暗。
 どのボタンを押しても画面は明るくならない。

 ……壊れた、らしい。 

 っいやまだ諦めるのは早い。千景の携帯番号なら覚えているのだから、誰かに携帯電話を借りればいい。
 けれど隣の帝人くんは門田さんたちと話しているし、他に近い距離にいるのは、


「黒沼くん、ちょっと携帯電話貸してくれないかな」
「携帯、ですか?」
「うん。すぐに返すから、お願い」


 真後ろにいる黒沼くんは少し考えるようにした後「わかりました」と頷いてくれた。
 直接番号を打ち込む画面に切り替えられた状態のそれをお礼を言いながら受け取ると、


「あ、あの、警察にはもう通報されてるって……」


 帝人くんが歯切れ悪くそう言ったので、素早く番号を打ちながら「いや、警察より即効性のある人にかける」と返答した。 
 どういう意味かと首を傾げている彼には悪いが、すでにコールが始まっているのでそちらに集中する。
 千景にしては長いコール音がやっと途切れたかと思えば、


「千景っさっきのあれなんだけど、」
『お掛けになった電話は、現在電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため掛かりません』
「…………」


 ……だそうだ。
 つい数分前まではかかったのに!

 
「……ごめん、その人出てくれなかった」


 申し訳ない気持ちで一杯になりながら携帯電話を黒沼くんへと返す。


「いや、俺は別にいいんですけど……誰に電話したんですか?」
「チンピラ連中をまとめてるやつ」
「ユウキさんそんな人と知り合いなんですかッ?」


 こんな状況でも、帝人くんは律儀につっこんでくれた。


「でも、本当にこれからどうすれば……」


 そう何か良い案はないものかと考えるも、そうなかなか都合よくは思いつかない。
 あいつら、元はセルティさんの懸賞金を狙って来たんだっけ……何かそこから考えられるものはないのだろうか。
 そう首を捻っていると、


「あ」


 ふと窓の外に見覚えのある黒バイを見つけた。
 ……いや。いやいやいや。
 この状況で合流するのはさすがにまずいんじゃないだろうか、お互いに!

 どうしようどうしようとあたふたとしている中、


「セルティさん……やっぱり、賞金をかけられたから……」


 そう隣から状況にそぐわない言葉が聞こえる。


「もう……気軽には会えなくなっちゃうのかな……」 


 ふと振り返ると、帝人くんが単純に残念がっているような、寂しがっているような顔をして窓の外を見つめていた。



 (バンの中で)



 それが彼とは別人の『残念がっているような顔』と重なって見えた。

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