飴喰い競走みたいな
「これでよしと」
目的地だったお店を出てすぐ、捺樹くんに頼まれたものの入っているビニール袋を見て確認するように頷いた。
後は戻ってこれを渡せばいいのだけれど、あのチンピラ連中のせいで時間を取ってしまったからなあ……急ごうか。
早足で来た道を戻りながら辺りを見渡したものの、門田さんたちの姿はどこにもなかった。まあ、車で行ってしまったのなら当然だろう。
「さて」
先ほどから多めの独り言をつぶやきながら、私は右手に持っているハンドバッグから少し苦戦しながらも携帯電話を取り出した。
別に遅れたことを詫びるためにお店へ連絡を入れるわけではない。
本来ならそうすべきなのだろうけど、忙しいところへ電話をかけてさらに手間を増やしてしまっても悪いから。
だからあくまでも足は忙しなく動かして、携帯電話の電話帳から特定の名前を見つけ出し、発信ボタンをカチリと押した。
そこからツーコール程経ったあたりで、
『電話待ってた!』
電波の送信先でガッツポーズでも決めていそうな声が聞こえた。
この軽薄な声の持ち主が例のチンピラ連中を統率しているTo羅丸の総長、六条千景なのだけれど、私はそんな肩書などあまり重視していない。
どちらかというと女たらしとしての肩書の方が馴染み深いほどだ。ちなみに、千景に言う女たらしという言葉は侮蔑の意味など微塵も含んではいない。
「今何してるの」
いつもの緩い挨拶はなしにして(挨拶から童謡につなげてみるとか)、単刀直入に話を切り出す。
『今?待ちに待ったユウキちゃんとの電話中』
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、私の求めてた答えじゃないね」
『ごめんっ』
あまりにも潔い謝罪だった。
……本当に、暴走族の総長なのかな。彼は。
『今はノンたちと近場で遊んでる』
「そう。じゃあ、用件だけ手短に言うね」
遊んでいるというよりきっとデートだろうから、長電話はよくない。
自分の彼氏が他の女に電話をかけているところなんて見ていて気分の良いものではないし、ましてノンちゃんたちは私と千景の元間柄を知っているのだから余計に駄目だ。
どういうわけか、不快、いや息苦しいような気がして、私は僅かに顔をしかめる。
ああもう中途半端に終わらない。
「じゃなくって」
『じゃなくって?』
「……違う、ごめん。ただの独り言。最近多いの」
何だか私は苛々しているようだ。
軽く深呼吸をして自分の額を二三度叩いてから「あのね、今日池袋で」To羅丸のメンバーが女の子囲んで良からぬことをしようとしてたよ。
そう千景に伝えたかったのだけれど、「池袋で」という部分から私の右手から固いプラスチックの感触が消え、ただ空気を握っているという摩訶不思議な現象に行きあった。
それに嫌な予感がするなあと思って振り返ると、案の定右頬を赤く腫らした男が私の携帯電話を手にして引きつった笑みを浮かべていた。
「ああ、さっき女子高校生を多数で囲んでいたTo羅丸の下っ端の人じゃないですか!」
通話がまだ切れておらず、叫んだことが千景に伝わっていることを願ってそう大声を張り上げると、男は顔を青くして携帯電話を後方へ投げ捨てた。
酷い!
壊れてないといいんだけど。なんて暢気に思っている場合ではない。
背後にいる数人の男を見る限り、マイルちゃんに飛び蹴りを入れられたこの男は本当に仲間を連れて戻ってきたようだ。
門田さんたちを追うならともかく、私一人にこんな人数がいるものかな。とやはり平然と考えながら、どうやって携帯電話を回収しようかと思案を巡らす。
「誰が下っ端だよ、ああ?」
とか、他にも連中はいろいろなことを言っているけれど描写する行数も惜しいから言っていた内容を端的にまとめよう。
なにやら連中は戦力がまるでなさそうな抵抗しなさそうな私を使って、他のメンバーが追っている門田さんたちへの人質か何かに使うつもりらしい。
へえ、ああそうなんだ。
聞いてもいないのにベラベラと喋る相手に構わず、私は左手に提げているビニール袋に手を入れてある紙袋をビリっと破り、
「余分に買っておいてよかった、のかな」
小さく呟いて連中の方向へと歩を進めた。
♀♂
数分後
「待てっつってんだろうがぁ!」
「嘗めてんじゃねえぞゴラァ!!」
ああ、うん。何か間違ったみたい。
背後から迫ってくる怒号へさすがに冷や汗を流しながら、私は全力疾走で池袋の街を駆け抜けていた。
ちなみに連中の顔や奇抜な色に染まった髪が大方白に変化している理由は、捺樹くんに買うよう頼まれた小麦粉のついでに買った自分用の小麦粉を投げつけたから。
目くらましに使えるかなと思ったのだけれど、案外効力は低かった。
とりあえずバッテリーカバーが外れたり、ところどころ欠けてしまっている携帯電話は回収できたのでよかったけど。いや、あんまりよくないか。
なんて考えているうちに怒声は近づいてきていた。これは本当にまずいっ。
どうにか巻こうとある路地の曲がり角を急カーブすると、
「ユウキさん!」
真正面にある道路に一時停止しているらしいバンから聞き覚えのある声と見覚えのある顔が見え、
「こっちです!」
言われるがままにそこを目指して走った。
(飴喰い競走みたいな格好)
嫌に懐かしい疾走感。
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