vsTo羅丸下っ端連中
 同日 昼 



「どうせ口先だけだろうと思ってたんだよね、私」
「そりゃそうだろうなあ。だって、あの情報屋だろ?」
「そう、あの折原さんなんだよ。なのに今朝、さっそく自分から朝食の後片付けしてくれて……逆に怖い……」
「よっぽど酷え夢だったんじゃね?あんたが情報屋をこっぴどく振る夢とかさ。だからこのままじゃまずいと思ったんだろ」
「いやいや、そんな夢で懲りる人ならここまで悩んだりしないって。第一夢の中で私、死んじゃったらしいし」
「へえ、まあどうでもいいか。あんたと情報屋の関係なんて。それより買い出し行ってくれよ、店番は俺がしとくから」
「わかった」


 以上、バイト先での捺樹くんとの会話でした。
 
 いやでも、折原さんの親切さ加減が異常なのは本当の話。
 いつもならバイトへ行くとき、折原さんは何も言わない。むしろあからさまに不愉快そうなオーラをまとっている。
 あまりにもそんな日が続くものだから「折原さんって実は寂しがりですよね」とこの間言ってみたのだけれど、
 「そうそう、だからバイトなんて辞めてくれない?」そう声色は冗談めいていたのに、目だけは笑っていなかった。
 だからそれ以来、そういう茶化し方はしていない。のだが、

 そんな折原さんが、今日は皮肉でも嫌味でもなさそうに、笑みを浮かべて見送ってくれたのだ。

 ……いやあの、うん。とても申し訳ないのだけれど、私は嬉しさよりも驚きと恐怖が先立ってしまった。
 

「後でリバウンド起こしそう……」


 そんなことを思って息をつき、ある曲がり角を右へと折れる。

 そこで少し広い通りに出ると、今日も来良学園は短縮授業なのか、来良の制服を着た高校生がちらほらと視界に入った。
 そういえば、お店の方に帝人くんたちが来るんだっけ。
 

「なら、早く帰らないと」


 少し歩調を速めて目的地である店の看板を捜していると、


「……う、わ」


 私はその光景に思わず目をそむけた。
 いや、別に不快なわけじゃない。"そういうもの"も個人には個人の感性というものがあるのだし、否定はしない。
 けれど、さすがに道のど真ん中でしかも女の子同士がキスをするのはどうかと思うんだよ、店員さんは。

 なんだか説明する順番が前後してしまったが、私が目撃したのは折原さんの妹さんたち――クルリちゃんとマイルちゃんのキスシーンだった。
 一体どういう経緯でそうなったんだろう……心なしか顔が熱い。年下の女の子同士のそういうものを見て、何を恥ずかしがっているんだ私は。

 この状態でふたりに声をかけるのは無理だ。
 早々そう判断してその場を立ち去ろうとしたのだが、再び彼女たちの方へ眼を向けてみると、いつの間にやらふたりはいかにもチンピラというような男数名に取り囲まれていた。
 そのうちのひとりが着ているものに、思わず眉を潜める。

 あの縞模様の特攻服って――――。



 ♀♂



「つかさぁ。君ら、こんな町中で遊んでんだから、チョーお金持ちなんしょ?」
「ウッゼ。ウッゼ!」
「黙ってないでなんとか言えよ。ああ?」


 自分たちを取り囲んでいる男たちを見ても、クルリやマイルは怯えもせずにそれを全て聞き流していた。
 マイルに至ってはいつ反撃してやろうかと笑みを浮かべている程で、危機感はこれっぽっちもない。
 のだが、傍から見ればそれはチンピラに絡まれている女子高校生二人組にしか見えないため、


「ちょっとそこのおにーさんたち」


 いらぬお節介を焼いてしまう人間がいた。
 なんだろうとクルリとマイルは首を捻り、男たちがさらに目つき悪く振り向く。
 すると、そこにいたのはショートカットの若い女で、平坦な声に似合う淡白な表情を浮かべていた。


「何だよ、手前」
「あー、もしかして仲間に入れてほしいんじゃね?」
「逆ナンってやつ?」
「おねーさんも黒バイ探してんのー?むしろ本人?」


 挑発するような口調で次はその彼女を取り囲み始めたチンピラたちだが、当の本人は涼しげな顔で口を再度開く。


「そういうの良くないんじゃないかな。女の子相手に男が多数で囲むなんて、あんたらの総長が心底嫌ってることでしょ」
「あぁ゛?」
「埼玉からの遠征ってやつなんだろうけど、こんなことしてるってことはその総長は同行してなさそうだね。
 なら、ばれないうちに帰りなよ。六条千景が男には容赦ないってことぐらい、いくら下っ端でも分かるでしょ。なんなら連絡して連れ帰ってもらおうか」


 表情こそ変わらないが、どことなく怒気を帯びている声だった。
 彼女の知り合いであるクルリとマイルは「どうしよ、これまずくない?」「惑(ええっと)……」ここにきて初めて不安げな表情をした。
 
 総長という言葉に多少たじろいだ様子の男たちだったが、その直後の下っ端という言葉へ反応し、


「調子のってんじゃねえぞ、ぁあ?」


 もはやお決まりとも言えるフレーズで掴みかかろうとしたところを、彼女はさらりとかわす。


「別にあんたらが殴られようが蹴り飛ばされようが病院送りにされようが、構わないんだけどね。その特攻服着てこんな下種なことしないでほしいな、千景の顔に泥塗ってほしくないから」


 どうにも毅然としたその態度に、男たちの低い沸点はすでに限界を迎えている。
 しかし、彼女の口ぶりから自分たちの総長の知り合い、むしろ女なんじゃないかということに気付き始めていたため下手に動けないでいた。
 この連中実は埼玉にある『To羅丸』という暴走族のチームなのだが、そこの総長は女たらしとして有名なため、池袋にそういう女がいても何ら不思議はなかったのだ。

 
「わかってもらえたようでなにより」

 
 彼女はそう言うときょとんとしているクルリとマイルに手招きをした。
 

「っていやいや、おねーさん」
   
 
 のだが、自分の状況を理解してなお絡んでくる男というものは必ずいるもので、


「ここで見逃すほど現実甘くねえって」


 次は避けなかった彼女の腕を乱暴に掴んだ。まあ、それでも当人は顔色一つ変えないのだが。


「総長の連れだか女だか知らねえけどよ、あの人ならあんたの知らないとこで他の女と遊びまくってっから」
「それ捨てられたんじゃね?」
「何か言えよ。それともショックで口利けねえとか?」
「まあ待てってお前ら。ごめんねぇ、失恋したばっかなのにさぁ。なんなら俺らが慰めてあげるよ、後ろの子もどっか行きたいとことかある?」


 そう言ってマッチポンプめいた芸を始めたところに、


「おい、兄ちゃん達」
 

 その集団の様子に見かねてやってきた男が、静かに口を開いた。 


 
 (vsTo羅丸下っ端連中)



 彼のナンパ方法を見習いなさい。

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