兄妹間通話
同日 深夜
「…………」
ユウキが眠った後行われたチャット画面を前に、臨也は珍しくげんなりと頭を抱えていた。
チャット自体はすでにお開きとなっているため、入室者ゼロの文字だけが空しく表示されている。部屋が静かなことも、その空しさに拍車をかけていた。
こんな状態にある原因は言うまでもなくそのチャットにある。具体的にいえば『狂』『参』というハンドルネームを持つ二人の入室者の所為だった。
その二人は『折原九瑠璃』『折原舞流』という本名を持った臨也の実妹で、どうやら波江の手引きにより例のチャット部屋へ潜り込んできたらしい。
その上――――狂【そういえば波江さんからお聞きしたのですが、現在お兄様は野崎ユウキさんという女性と同棲中だそうですね。何の縁か、同姓同名なおかつ外見的特徴まで瓜二つな方が私達のお知り合いにいるのですが、もしやお兄様。その野崎ユウキさんという方は池袋にあるケーキ屋兼喫茶店でアルバイトをされている方ではありませんか?】――――という狂、改めクルリの発言から分かる通り、ユウキとも接触済みときた。面倒なことこの上ない。
だからこそいろいろと訊き出したいことはあるのだが、今から電話をしたとしても出てくるのは確実にマイルだ。
耳元でのあのテンションの声はあまりに鬱陶しい。だからと言ってクルリに出られても意思疎通がし辛く鬱陶しい。
結局どれをとっても鬱陶しいんだよなあ。
深々と息をついて携帯電話を睨みつけていると、不意に着信音が鳴りだした。画面を確認して見れば、案の定マイルの携帯番号が表示されている。
「せめて、早く終わらせるか……」
渋々通話ボタンを押して耳に宛がうと、
『イザ兄久しぶりィ!あんまり電話遅いからこっちからかけちゃった!そういえばチャット部屋、いつもは店員さん、じゃなくてユウキさんいるんだよね?何で今日いなかったの?まさかイザ兄また何かしたの!?あ!そうそう私も聞きたいことがあるんだけど、ユウキさんとの同棲ってどんな感じ?アダルトな感じ?すっごい興味あるから聞かせて!』
「……お前らに聞かせることなんてない。それより、いつ波江に接触したんだ?」
『イザ兄のケチ!いいじゃん減るもんじゃないんだから!
それで、ええと波江さんだっけ?一昨日にメールがきて、昨日の夕方に池袋で会ったよ。それでご飯奢ってもらっちゃった!波江さんっていい人だよね!』
「お前からすれば、モノくれる人間は全員『いい人』だろ」
『そうだけど、それのどこが悪いの?なんにもしてくれないイザ兄より、全然いい人だもん』
「あ、そう。それで、ユウキはお前達が俺の妹だって気付いてるのか?」
『私たちからは言ってないよ!っていうか、本当にユウキさんのこと好きだねイザ兄って!あ、でもあんまり羨ましくもないかも。イザ兄に好かれるのって何か怖そうだもん!』
「……それ波江から聞いたのか?」
『それって、イザ兄に好かれるの怖そうってとこ?』
「そっちじゃない」
『羨ましくないってとこ?』
「違う」
『あ、ユウキさんのこと好きだってとこ!?』
「それ」
『うわ!?イザ兄が微妙に照れてる声だ!?クル姉クル姉!なにこれすっごい怖いっていうか気持ち悪い!』
「頼むから黙ってくれ」
『うわあ……鳥肌立っちゃったー……イザ兄、ちょっと自分のキャラ考えた方が良いよ?』
「お前らにだけは言われたくない」
『ええっと、波江さんから聞いたって言うか、イザ兄が一年も女の人と同棲とか考えらんないじゃん!ってことはつまり本気で好きになっちゃったのかなあってクル姉と話してたの!』
「話すな」
『ユウキさんには迷惑すぎる話だね!』
「どこがだよ」
『え?だって、ユウキさんは静雄さんと付き合ってるんでしょ?』
「…………は?」
『それをイザ兄が邪魔して、無理やり家に連れ込んだんでしょ?』
「待て、それ誰から聞いた?」
『波江さん』
「…………」
『生活してるうちにユウキさんも情が湧いちゃって、三角関係中なんだよね?』
「どこからどう聞いてそう考えたんだよ」
『あれ?違うの?この間、二人ですっごく楽しそうに話してるの見たのに』
「……ユウキはシズちゃんと付き合ってないし、俺に会いに来たのも彼女からだ」
『じゃあ、イザ兄は付き合ってるの?』
「お前には関係ない」
『ってことは、付き合ってないんだ!』
「何で嬉しそうなんだよ」
『イザ兄にユウキさん、取られたくないんだもん!』
「取るも何も、」
『それにイザ兄はイザ兄だし』
「……何が言いたいんだ?」
『私ね、まだ会ってちょっとしか経ってないけどユウキさんのこと結構好きなの。優しいし、よく話聞いてくれるし、お姉ちゃんに欲しかった感じで!クル姉もよく言ってるんだー』
「へえ、それで?」
『ユウキさんを変にしないでねってこと』
「言いたいことが全く伝わらない」
『やだなあ!イザ兄分かってるでしょ?』
「何が?」
『えへへーイザ兄がユウキさんにしたこと、波江さんから聞いちゃった!』
「…………」
『波江さんもあんまり詳しくは知らなさそうだったけど、私とクル姉はイザ兄の妹だからね!これだけは分かったんだぁ!』
そう言うとマイルは大げさに息を吸い、無邪気な声で――。
(兄妹間通話)
『それ、全部イザ兄の差し金でしょ?』
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