長編1 【9】シャーリィの想い シャーリィは後ろに残してきたジュードを気にかけながらも、フェニモールとエリーゼ共に毛細水道を走り、とにかく今は追っ手から逃げることだけを考えた。 しかしシャーリィは頭の中では早く遠くにって思っているのに、だんだんと走るスピードが落ちてしまう。 そのことに当然、シャーリィの後を追いかける、フェニモールとエリーゼも気がつく。 「どうしたのよ?早く逃げないと、また捕まるじゃない」 「もう捕まりたくないです。…痛いのも苦しいのも…嫌です」 2人の訴えにシャーリィは思わず立ち止まり、俯いてしまう。 自分が幼い時に託宣の儀式を成功させていれば、2人はこんな思いをせずにすんだはずだ。 いつも沢山の人に守られてきた自分。 兄に姉にミラにユリウスに…そして三年前はルドガーに…。 そして今はジュードや、ウェルテスの街で暮らすようになって出来た仲間、ウィルやクロエ、ノーマ、妹みたいな存在のエルに。 そう考えると自分自身への不甲斐なさや、入り口で必死に足止めをしている仲間達のことを考えると、段々落ちていたスピードも止まってしまった。 「何やってるのよ!捕まりたいの?」 「ねぇ、あなたの名前は?」 「はぁ!今関係ないでしょ!」 「お願い教えて」 真剣な表情で話すシャーリィを見てフェニモールとエリーゼは顔を見合わせ、渋々と答える。 「…フェニモールよ。フェニモール・ゼルヘスよ」 「…エリーゼ・リヤン…です」 祝福と伝える翼という意味を持つ誠名。 シャーリィはとても素敵な名前だと思った。 「祝福に絆か…良い誠名だね…ねぇフェニモール…お願いがあるの」 「えっ?」 「私、やっぱりジュードを置いていけない!ジュードだけじゃない。私は沢山の人に守れてるばかり…もう…守れてるだけじゃ嫌なの…だからフェニモールはエリーゼを連れて出来るだけ奥に逃げてっ!出口があるはずだから…だから…」 「どうしてよ?」 「えっ?」 「どうしてそんなにあのハーフを気にかけるのよ。外にいる人達を信用出きるのよ!?ジュードは陸の民を庇っていた…外にいる水の民たちも陸の民と行動を共にしていた…だったら水の民に対する裏切りじゃないっ!!」 「そんなことないよ!みんなジュードを助ける作戦を考える時に、他に2人の水の民が捕まっているって聞いたら、すぐに助けようって言ってくれたんだよ!陸の民っていう1つの言葉で全部決めるのはっ…」 「でも、多くの水の民が苦しめる原因を作っているのは陸の民です!何で私たち水の民が陸の民同士の争いに巻き込まれなきゃいけないですか!!」 2人の言葉にシャーリィは何も言い返せなかった。 自分はルドガーとは離れ離れになったが、ウェルテスの街で三年間暮らしていた。 ウィルやエル達じゃなくて街の人々は優しかった。 あの頑なに陸の民を憎んでいた兄と幼なじみのワルターの心を変えるぐらい。 だから知ってるけど知らなかったかもしれない。 メルネスなのに、水の民の憎しみを…こうやって真正面に言われて改めて理解したのだった。 それにシャーリィは2人の姿を見て心が痛んだ。 2人の服はボロボロで手当てをされてはいるが血が滲んでいる。 2人が陸の民に対して恐怖と憎しみを覚えるのは当たり前だ。 本当なら今すぐジュードを助けに生きたいシャーリィだが、今は2人を少しでも休ませるべきと周囲を見渡し、高台が目に入り、そこで休むことになった。 高台にのぼり座り込む三人。 暫く沈黙が続いたが、先に口を開いたのはフェニモールだった。「ねぇ、シャーリィだっけ?何であなたはあんなにもジュードや陸の民を信じられるの?あなただって陸の民に酷いことされたわよね?」 フェニモールの問いにシャーリィは傾く。 私自身は幼くあまり記憶にないが、両親は陸の民に殺されている。 そして三年前は突然当たり前にあった幸せを陸の民に奪われた。 自分のことを妹のように可愛がり、初対面の私にも美味しいスープを作ってくれたルドガーを置いてきてしまった。 確かにそれらは全て自分勝手な陸の民のせいだ。 でもシャーリィはウィル達に出会ってしまったし、襲撃前もルドガーと沢山交流を持っていた。 「私の生まれた里にはジュード以外にもう1人ハーフの人がいたの?料理上手で優しくて…私のことも妹みたいに可愛がってくれて…でも彼はルドガーは三年前に陸の民に襲撃された時に自ら囮になり私たちを逃がしてくれた」 「「……………」」 「逃げた場所で私たちはウィルさん達に出会った。初めはお兄ちゃんもワルターも警戒していた…でも2人はあからさまに怪しい私たちを見ても何も追求しないで、一緒にルドガーを探そうって言ってくれた。それに一緒に暮らそうって…」 シャーリィは陸の民の残忍な部分と良い部分を同時に見た。 だから今は初対面の陸の民には警戒するが、陸の民という言葉1つで纏めてはいけないと思う。 それはメルネスではなくシャーリィの気持ち。 シャーリィの気持ちをどう理解したかはしらはないが、2人はやはり首を横に振る。 「…たとえあなたの言っていることが事実だとしても、あなた達は大勢の仲間が殺されている時に陸の民の街で暮らしていたんでしょ!!」 「私たちの里が襲撃された時だって…」 「やっぱり陸の民とお仲間ごっこをやっているあなたの言葉なんて信じません!!貴方もあそこにいた水の民の人もみんな裏切り者よ!!」 フェニモールの憎しみのこもった言葉に、強い怒りを感じさせる鋭い瞳にシャーリィは何も言うことは出来なかった。 何を言っても2人には届かないだろう。 特に陸の民に酷いことをされた2人には…。 …やはり水の民にとっては陸の民と関わりを持つことは裏切りなのだろうか? そんなときだった。 「シャーリィ!!無事だったんだね」 「良かったわ、シャーリィ」 「おっ!迷子のリッちゃん発見!!」 「シャーリィも無事で何よりね。他の捕まっていた2人も…」 高台の下にジュードやワルターやステラやミラ、他にもウィルやエルといった陸の民の仲間もいた。 「ジュード!!無事だったんだね?」 「危なかったけどエルに助けられたよ」 お互いの無事に安堵する2人。 「あなた達も無事で良かったわ」 そしてステラはシャーリィの後ろにいたフェニモールとエリーゼに声をかけるが、フェニモールから返ってきたのは強い憎しみのこもった言葉だった。 「無事で安心した?白々しいこと言わないでよ!陸の民なんかと行動を共にしてるくせに!裏切り者のくせに!!」 「そうです!陸の民と行動を共にする人を同じ水の民だとは思えません!!」 「…フェニモール…エリーゼ…」 シャーリィはポツリと2人の名前を呟く。 そんな時だった。 「そこまでだ」 全員の視線が声のした方に向き、そこにはトリプルカイツの1人メラニィが数人の兵士と共にこちらを見ていた。 「随分と舐めた真似をしてくれたじゃないかい。だけど運も尽きたようだね…お前達、ここが何故『毛細水道』と呼ばれてるか知ってるか?」 「何を?」 「答えはこれだよ!!」 そう言ってメラニィには壁にあるスイッチを押す。 すると水門が開き、ゴゴゴゴゴという音と共に大量の水が押し寄せてくる。 高台にいた三人以外、全員水に飲まれてしまった。 「みんな!!」 「ちょっと!!」 シャーリィは躊躇いなく激流に身を投げ込む。 躊躇いなく飛び込む姿に2人は驚愕の声をあげる。 シャーリィは一番近くにいたジュードを抱きしめる。 ジュードは無意識下の状態だったら水中でも呼吸が出来るが、こんな突拍子もない出来事だと、恐らく焦って呼吸はできないだろうし、泳ぎだって、ずっとウェルテスの街で暮らしていた為に上手い訳ではない。 他の陸の民の仲間達はきっとお姉ちゃんやユリウスやミラやワルターやお兄ちゃんが助けてくれることを願う。 「ハーフまで流す訳にはいかないね。ついでにメルネスも一緒とは都合が良い。通路門を閉めろ!」 「はっ!」 メラニィの指示を受け兵士は別のスイッチで通路門を塞ぎ、シャーリィは仲間を信じて流されていくのをただ見ていることしか出来なかった。 『お願い!お兄ちゃんお姉ちゃん!みんなを助けてっ』 END |