あれから"目が覚めた"のは、半年が経った頃だった。半年間、ずっと何も食べず、しゃべらず、動かず、植物人間状態だったと、葵から教えてもらった。
呼んでも答えない俺は目を開けて、まばたきはする。まるで人形だったと、葵は言っていた。
質の悪い人形だ。葵にどれだけ迷惑をかけたんだろう。そうは思っても目を覚めたからと言って、ほとんど喋らないという現状に変わりはなかった。
その後からだ。自分を偽り始めたのは。それからだ。涙が渇れ、出てこなくなったのは。
葵はずっとそばにいてくれた。そんな俺のそばに。嬉しいという気持ちを忘れていた俺は"ありがとう"という言葉も、"ごめんな"という言葉も出てこなかった。
小学生時代はそんなことがあったせいで、一度も学校には行かなかった。中学は入学した。一応、学校には行ったが、睨んでいる訳でもないが、目付きが気にくわないとかで呼び出され、喧嘩の毎日。母さんから教えてもらった武術を使い、俺はストレス発散とでもいうように暴れた。
毎日毎日。殴り続けた。
何十人対一人というときもあった。だが、心を失った俺には痛みなんて感じなかったんだ。
喧嘩して帰った後は、いつも葵が傷の手当てをしてくれた。何も聞かず、何も言わず。俺も、葵の前では何も言えなかった。
中学時代は荒れに荒れ、終わった。男と自分を偽り、拳を奮った三年間。それでも、そんな自分に嫌気を指していた自分もいたのは事実で、そのためか、勉強は怠らなかった。母さんからの教えだろうか。
葵とおんなじ有名進学校へ入学。中学の先公たちは驚きに目を見開いていたのを覚えてる。
成績表はオール1。だが、高校後期のテストは満点。面接の前に葵から"笑顔"を教えてもらい、自分を偽って合格した。
高校へ入学した後も漠然とした毎日だった。葵が心配するから、学校には通うようにはなるが、中学時代の名残なのか、喧嘩は売られれば買う。そんな毎日。そのころにやっと、愛想笑いを知った。だが、愛想笑いは疲れるんだ。
普通の会話は出来るようになった。
「……幻滅したか?」
話終わったネオは小さく震える声で呟いた。
宿へ戻ったあと、ベッドに座り、話し出したネオの言葉を黙って聞いていたエースは笑った。
「なんで幻滅するんだよ……よく、今まで耐えたな」
笑った。そして、ネオを、優しく撫でた。暖かく、大きい手。
予想外の反応に目を見開くネオは、何で、と呟いている。エースはそんな様子にため息混じりに笑う。
「俺は幻滅なんかしないし、嫌いにならない、というかなるわけない」
「……エース」
「ネオのお母さんが言ったように、ネオは生きなきゃいけない、自由に。ネオは今、どうしたいんだ」
「……俺は……」
「ゆっくり探せばいい、ネオは悪くない、一人じゃない」
エースの言葉が支配する。
俺が聞きたかったのは、その言葉だったのかもしれない。
この罪から逃れることを、許してほしかった。一人じゃないと、誰かに言ってほしかった。
笑うエースはまるで太陽だった。
溢れる涙は悲しみからではない。
口には笑みがこぼれた。
心からの、偽りではない、笑みだった。
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