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 ――そんな日々が、ずっと、続くと思ってたんだ。

 あの日は母さんの誕生日だった。俺は帰り道に、ピンク色の花を摘んで帰った。寒くて凍えるような季節なのに、ちょこんと咲いていた花が、美しくて、母さんにピッタリだって思ったのを覚えてる。お金なんか持っていなかったから、それを持ってお祝いする予定だった。
 帰ったら誰もいなかった。
 委員会で遅くなるという兄貴。誕生日ケーキを買ってくる理由で遅くなる父さん。俺は先に家で暇を持て余す。母さんは家にいるはずなのに、どこにもいなかった。いつもは帰ってくる時間に玄関にいるはずなのに。不安になってあっちこっちを探した。だけど、いない。剣道場に行ってみるが、やはり誰もいない。
 裏の森を覗いてみる。踏み込もうとしたとき、何かを踏んだ。それは、小さなリング。このリングは良く知ってる。だって、これは。
「母さんと父さんの……結婚指輪」
 ずっとつけていた二人。絶対に忘れるはずがない。そしてこんなところに、落ちているはずがない。その指輪を握りしめ、森の奥へと足を踏み入れた。
 茂みへと入れば、一人分の足音が響く。ざわざわと木が揺れる。暗くなってきたためか、視界が悪くなる。
 そろそろ戻ろうかと、ため息を吐いて踵を返そうとしたときだった。物音がした気がした。振り返り、物音がした方に目を凝らすした。
 ――そこには母さんが、血まみれで、雪の中に一人、倒れて、いたんだ。

「母さんッ!」
 思わず飛び付いた。真っ青な顔をした母さんの肩を揺らし、呼び続ける。母さんは静かに目を開けた。揺れる瞳はまだ、司を探しているようだった。
「司……?」
「母さんッ、母さん――っどうして、何が……」
「あら、子どもがいたの?」
 後ろから、冷たく、だが楽しそうな女の声が響いた。振り返れば、長い黒髪に茶色い瞳を持った女が気味の悪い笑みを浮かべ、こちらを見ていた。顔や服には母さんのものであろう、赤い血が跳ねていた。白いワンピースについた赤い血、そして母さんを切り刻んだのであろうナイフから垂れる真っ赤な姿は、まるで堕落した天使。
「お、お前が、母さん、を……ッ!」
 震える手を抑えることが、出来るはずもなく、母さんと父さんの結婚指輪を握りしめ、赤く染まった雪を踏みしめ、殴りかかろうとした。
 だが、それは叶わなかった。
 ナイフで切り刻もうとしたのであろう、女から守るように、母さんは俺の腕を引いて、覆い被さった。
 赤い血が跳ねる。ぴちゃっ、と、白い雪に、堕ちる。母さんは、ぐったりと俺に寄りかかった。
「そんなにあの人との子が大事? 泥棒猫」
 女の顔を見ることは出来なかったが、その冷たい言葉に、涙が溢れた。月が涙を照らす。満月が俺たちを笑う。

 足跡が遠ざかる。多分、あの女が離れていったのだろう。起き上がりたくても、ぐったりとした母さんをどかして起き上がることが出来ず、ただ、ぼろぼろと涙を流した。
「母さん、母さん……母さん……」
 その言葉以外、何も知らないとでも言うように呟く。
「母さん、母さんッ、母さんッ!」
 返事はない。冷たくなる身体。雪に冷える自分自身の身体。感覚なんかない。

「せめて、名前を呼んでッ、母さん……!」
「司、」
「母さん……!」

 これは幻聴だろうか、そして、これは幻覚だろうか、ふんわりと微笑む母さんが見えた気がした。
「自由に、生きなさい。死ぬなんて考えないで、生きて」

 その言葉を最後に母さんの声は二度と、俺には届かなかった。







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