誰かに呼ばれる声がする。 暗闇に一人で歩いていた。周りを見渡しても誰もいない。 後ろから声が聞こえた気がした。振り返れば、そこには誰もいない。 暗闇にぽつんと、俺はいた。どうしてこんなところにいるのか、俺には思い出せない。 ――なあ、呼んでるお前なら分かるのか? ――司、あなたはこんなことで死ぬたまじゃないでしょ? いきなりの声にまた、振り返った。そこには、もう、薄れかけていた記憶の隅にいた、俺の大切な、母さんが、いた。 金髪に近い茶髪に黒い瞳。背の高い母さんは間違いなく、母さんだった。 ――貴方はまだ、やるべきことがあるはず。 腰に手を当ててため息混じりに喋る母さんはリアルだった。何年も前に死んだはずの母さんはにっこりと微笑んだ。 あの時と変わらない、綺麗な笑顔で。 ――まだ、男も知らない貴方が死ぬのは早いわ! ……いま、何と? ビシッと指を指してきた母さんは相変わらずだ。 天然な父さんに突っ込みを入れられる程の強者なのだ。言うことやること尋常じゃない。 まあ、俺は母さん似だから何とも言えないが。性格は似てないと思いたい。 ――戻りなさい。私が出来るのはこれだけ ……母さん、俺 ――生きなさい、私の願いよ 手を伸ばし、母さんに触れようとした、だが、光となり消えて行く母さんを掴むことは出来なかった。残された手は、行き場を失い、フラフラと宙を切った。 生きなさい、 母さんの言葉は何だか辛かった。 今まで死にたがっていた俺を生かす母さんの言葉が。心が。 何で生きなくちゃならなかった 何で俺はここにいる 俺はどこに行かなくちゃならなかった ああ、思い出した 俺は、 「目が覚めたか」 光が差し込んできたと思ったら、目の前にはあの少年がいた。吐き気はあるものの、前のような苦しさはない。 上半身をゆっくり持ち上げ、少年の方を向いた。 「何日寝てた」 「半年ほどだ」 「?!」 あの短い間にそんなに時間が動いているとは思わなかった。いや、きっと、夢を見るのと同じだったんだ。 母さんは何で、あんなところにいたんだ。 「良かったな、お前は晴れて、天使の実を克服した初めての能力者だ」 実感が正直湧かない。 「……腹減った」 「半年分食えば直る、何を食べたい」 「オムライス」 母さんが、作った…… 「分かった」 闇へと消えた少年を見つめながら、俺はまた、倒れ込む。 やっと終わった。いや、違うな。 やっと、始まったんだ |