司の初めての欲を持った瞳に、少年は、にやっと笑っていた。それは、シアワセを求める物ではなく、退屈を逃れるための欲。
一歩前へ出ると少年の手にある"天使の実"を手に取り、口にした。
ごっくんと飲み込むと、息が詰まり、発熱し、身体から汗が吹き出す。苦しさから立ってはいられず、倒れた。
頭が朦朧としているのだろう。目に正気の光がない。
「この苦しみが消えたとき、お前は能力者となる。気絶すれば死ぬ確率は高くなる、耐えるんだな」
「……がはっ!」
肺の苦しみから、血を吐く。びちゃっ、と、白い空間に赤い点ができた。
少年は目を細め、踵を返した。
「お前が苦しみから逃れたくらいにくる……司、耐えろよ」
白い空間から気配が消えた。
苦しみから咎める言葉も出ず、ただ苦しみにもがく。
今まで必死に生きたことなんかなかった。だが、今まで誰もこの苦しみに耐えられなかったのなら、俺がこの苦しみに耐えたらかなりスゴいんじゃね?
それに海賊ってことは、戦えるし、強者多しだよ、な?
良いなあ。一度戦ってみてえな……
視界が暗くなる。重たい瞳は閉じた。
「気絶した、か」
少年は司の側に寄り、様子を伺う。だが、気絶、というより眠りについたとも言える。
苦しみから逃れたわけではないのだろう。汗は絶え間なく流れている。
「お前が異世界へ行けば救われる者もいるんだ」
少年の声は凛、と静かに鳴った。
「必要とされれば人は生きられる。僕たちと違って」
司の額に手を当て、汗を拭う。真っ青な顔は、血の気が薄れていく。まるで死人のようだ。
今回も無理か……少年は呟いたが、司の鼓動はいまだに波打っている。
「死んではいない、か。どこまで持つか、楽しみだな」
「あんたも相変わらず賭けが好きね」
少年の後ろから、また違った少女のような声が凛、と鳴った。少年が振り返ればそこには金髪で青い瞳を持った少女が立っていた。
ふんわりと笑ったと思ったら、眉を潜め、そっぽを向いた。
「もう、その賭けで何人のイケメン君を失ったと思ってるの?」
「お前、何で女の格好してるんだ」
「えー良いじゃない。女の方が可愛いし、私たちには関係ないでしょー?」
けらけら笑った少女に少年は大きなため息をつく。
「賭け、か。勝ったとき、司はかけがえのないものを得ることが出来るんだ。文句はなかろう?」
今度は少女がため息をつく。
「ところでハーツ。お前は何のようだ」
その問いに少女、ハーツはにっこりと微笑んだ。
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