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ソルジャーズ・スカイスクレーパーシリーズ
第8話 絶望、そして絶望
Year and month :    2037年 2月
Storyteller: 黒條 零(こくじょう れい)


「はっ・・・・・・・!」


私はベッドの中で目を覚ました。目の前を包む深い闇を打ち破って。
あの後、しばらく眠っていたようだ。
身体を起こし、辺りを見渡すとそこは保健室だった。やけに静まりかえっていて、
ベッドの周囲を囲む白いカーテンも開いたままとなっていた。
奥にある校庭が見える窓から日差しがこちらを照らす。
べッドの側にある椅子には私が着ていたコートがかけてあり、荷物が入ったバッグも置いてある。
因みにこの学校の保健室にはバレーの時に怪我をした時に絆創膏をもらったりとか、
それぐらいの事でしか私は訪れた事がない。

頭から来る特殊な感触と右の視界を暗闇に染めているその部分が気になり、触ってみると
白い物が私に取り付けられているのを感じた。右目がひんやりとする。鏡を見てみる。
そう、今の私の右目はシップの上に白い眼帯で重なって覆われていて、右の視界は真っ暗だ。
また、腫れてる感じがして痛い。この状態のため、右目を開けない。


「そうか・・・・私は・・・・・」


私はようやく自分がどうなったのか認識した。
小林達が私に罰金と治療費のカツアゲをしてきて、それに
反発した私は小林に報復と言わんばかりに右目をストレートに
殴られてしまい、その場で倒れて気絶した。


色々気になる事を考えていると歩美が廊下からドアを開けて入ってきた。


「あ、零さん。良かった・・・目が覚めたんだ!」


「うん・・・・さっき目を覚ましたばかり。心配かけてごめん」


歩美はこちらに駆け寄ってきて凄い嬉しそうな顔をする。
今まで心配してくれていたのだろう。

「いいのいいの。向こうが悪いんだから」


「歩美・・・・今、何時?」


「そうね・・・・今、3時かな。昼休みから5時間目まで零さん、ずっと眠ってたんだよ」


歩美はスマートフォンを取り出して時間を確認して言った。


「そうか・・・・1時間半も寝ちゃってたんだ・・・・・」


「でも良かったよ。目が覚めて。零さん、このまま目が覚めないかと思って心配してた」


歩美は非常に安堵した顔で言った。歩美・・・・私の事、凄い心配してくれてたんだ・・・・


「ところで、小林は・・・・・?」


「先生から凄い怒られてたよ。「この大馬鹿野郎!!女の子に大怪我させてんじゃねえ!!」って」


歩美は軽く怒鳴る荻野先生のモノマネをした。普段とおしとやかさとは
違う張った声のため、思わず笑ってしまう。


「ふふ・・・・そう・・・・良かった」


私は軽く笑い、ホッと少し安堵した顔をする。いじめられ始めてから、
先生がいくら指導や教育をしようと彼らはいじめをやめなかった。
先生は過去に他の学校で起こって話題になったいじめ自殺事件等の事を授業で話した事もあったけど、
彼らはそんな先生の言葉も分かったようなふりをして知らんぷりしてる事が多い。
不良生徒らしく、授業に耳を傾けず、居眠りしたり、
グループで話したりとかスマートフォンいじったり、
ゲームやトランプで遊んでたり・・・よく目立つ事だ。
だけど、私が怪我をした今、この状況は今までのようには済まないと思う。
これを境に少しずつ前のようにいじめられなくなるかもしれない。私はそう思った。


「今ね、ちょうど保健室の結城先生が用意とかしてる所なの。車で零さんを病院に連れていくって」


「どうして?これぐらいの怪我なら私は・・・・」


「未成年はちゃんと診察受けないとダメなんだって。
それに、零さんの目、酷く腫れてたんだよ。痛々しいほどに」


歩美は強気を出す私を制止して言った。


「じゃあ、今日の授業は私、出られないね・・・・」
私はそう言って俯いた。


「大丈夫。私が後でノート見せてあげるから」


「ありがと・・・・」静かに歩美に礼を言う私。


歩美としばらく話しているとその結城先生がやってきて、
私を病院へと連れて行くべく、学校の駐車場に停まっている先生の車へと案内される。
病院は私がこの前、銀色になった髪を診てもらいに言った所と同じだ。
その病院へ向かって車が走り始める。



結城先生は長い黒髪を一束にしている美人の先生だ。
私は後ろの座席に乗せられ、その後、到着までずっと過ぎてゆく景色が見える
窓を見てぼんやりとしていた。


話してみると優しくて、どうやら髪が銀髪な私を名前は知らなくても
目立つからなのかよく覚えていたらしく、
荒んだ日々を送る私をたまに見かけては遠くから心配していたのだそうだ。


髪の事とどうしてこうなったのかを訊かれ、正直に答えると先生も
やっぱり何かあったんだと思ったと言わんばかりに私に同情してくれた。

どうやら結城先生曰く、気絶した私を
保健室に放り込んだのは小林に加担していた男子達らしい。

保健室からタンカを持ってきて、運び込んだのだとか。
それを周囲の面々もみんな心配していたという。

いつもはいじめに加担してるのに私がこんな目に合ったらすかさず
助けるなんて、あまりに虫の良すぎる話だと思った。

この時だけ心配するなんて、どうかしている。

私はいじめられる事で存在が成り立ってるとでも言いたいんだろうか。
だとしたら、絶対に許せない。






病院に到着すると、結城先生が手続きを済ませ、
比較的早い時間で私の診察の番が回ってきた。
だけど、その時、私はあまりにも予想外な出来事に
遭遇する事になるなんて思ってもなかった。


それは向こうの病院の若い男の先生に言われ、
右目を覆っているシップ付きの眼帯を外した時の事だった。



「あれ・・・・・・・・?」








右目が見えない。



右目が何も見えない。




右目が霧がかったような白さで覆われていて、
全然左目で見えるはずのものが認識出来ない。



「せ、先生!!私の右目、白くて全然見えないんですけど・・・・」
私は思わず叫んでしまった。


「ああ、そうか・・・・・・・そうなのか・・・・・・」


するとそれを聞いた先生はとっさに凄く深刻な顔をして、


「可哀想に・・・・失明してしまったんだね・・・・・」


先生は残念そうな声で言った。


「どういう事なんですか!!殴られて失明する物なんですか!?」


私はとにかく焦った。右目が見えない・・・・これじゃ、
バレーボールとかも満足に出来ない。
それだけじゃない、右目が見えないという事は視界の半分が見えないという事。
日常生活で何かと苦労する事になるのは必然だ。


「うん、君のそれは殴られた時に打ち所が悪かったんだろう・・・・」


「えっ・・・・・・・・!」


納得がいかない私に先生が視力を失った原因を色々と話してくれるも、
私はその後、返事以外一切喋る事はなかった。

そのまま簡単な検査を受ける事になったけども、
失明してしまった以上、おいそれと治せる物ではなく、
義眼でもつけないと無理なのだそうだ。


右目を失明した?とても信じられない事だった。








検査を終えた私は帰宅してその夜、暗い部屋の布団の中で一人で泣いた。
安心して眠る事も出来なかった。
帰る道中も、右目が見えなくなった事で変わった世界に
私は戸惑いを隠せなかった。絶望しかなかった。


殴られる前まで当たり前に見えていたはずの景色の半分が見えない。
眼帯無しだと利き目が殴られた方の右目だったのも相まって、
白い霧と正常な視界が時折ごっちゃに見えてくる。
時々、左の視界が狭まるように感じる事も。


因みに検査を終えた後、私は来る前と同じく
シップの上に白い眼帯をしている。この状態の方が幾分か落ち着いた。


だけど怖い。本当に怖い。怖くてたまらなかった。
一生このままなのかと思うと急に悲しくなった。



私はきっとこれからもいじめられる。この体である限り。
周囲がたとえやめても、どこへ行っても同じような目に合う。
たぶん、この先もずっと。




その時にこの片方の目だけで生き抜いていけるのか・・・・?
無理かもしれない。今度こそ無理かもしれない。





また、もし、左目も失明する事になったらと思うと凄く怖かった。
失えば最後、私の視界はなくなる。
こんな状態では、絶対にまたやられるかもしれない。





私は右目を失った事で同時にもう一つ失った。





それはこの先を生きる希望だ。





これから先も酷い目に合うのならば、
いっその事、死んだ方がいいのかもしれない。




その方が楽になるのかもしれない。
右目が見えないというハンデを抱えてまで、
体で宿命づけられている迫害から逃れる意味がないような気がしてきた。



歩美にも迷惑をかけるし、いざって時に歩美を守れない。
守られてばかりでどうする事も出来ない。そんなのは嫌だ。



思えば、私が小林を殴ったのも我慢の限界が来たのと、
歩美に対する奴らの発言が許せなかったからだ。怒り狂って自我を保てないほどに。
私だけが化け物と呼ばれればいいのに連中は歩美をも化け物呼ばわりして挑発してきた。


この先も歩美が化け物呼ばわりされる事を思うととても辛くてたまらなかった。
その辛さをぶつけようと小林を殴り飛ばした結果がこれだ。



結局、私のせいだ。私が勝手にふざけた事したからこうなっちゃったんだ。
殴らなければ。こうやって過ちを犯す事もなかったんだと思う。



私の心から、生きたいという気持ちが薄れてきた。



この際、もう死んでしまった方がいいのかもしれない。
死んで生まれ変わる事で、来世でまたやり直すのがいいのかもしれない。





絶望感と寒気が今まで主に小林達のいじめによってつけられてきた心の傷を更にえぐる。
小林達によって受けてきた凄惨ないじめの記憶がしつこくフラッシュバックしてくる。
心の傷が大きく開き、多量の血が流れるように私の目から悲しみの大粒の涙が流れ出る。
私の心は一晩でズダボロになっていった。











翌日。私は青空の下にした。時刻は12時半頃。今はお昼休み。
冬であるにも関わらず日差しが眩しい。冷たい風から足元の寒気を感じる。
そう、ここは学校の屋上だ。この絶望的な気持ちを振り払うべくここにいる。
ここには誰もいない。私一人だけだ。


昨日の夜も怖くて怖くて仕方がなかった。眠れなかった。本当に怖かったんだ。
目をつぶって、目を開ける事が怖かった。



だけど、その恐怖からもうすぐ解放される。



私は屋上の回りを囲う高い金網をよじ登る。そして、それを飛び越える。



一歩踏み出せば、一直線に地面に向けて落下する狭い場所に私はいた。
金網と足場のない空白に挟まれた狭い足場で私は下の景色をそっと見下ろしている。


校庭で、昼の時間なのにサッカーしてる連中がいる。
幸せなものだ、両目も見えて楽しい学校生活を・・・・
だけど、私も死んだら楽になる。この苦しみから解放される。



そして、何も足場もない方向に私は左脚を踏み出す・・・・・・・・













「ダメ!!!!!!!!早まらないで零さん!!!!!!!!」











「えっ・・・・・・・・!」






私は突然後ろからした声に思わず足を踏み入れるのをやめた。
それで声がした方向を見ると金網の向こうの
屋上の入り口のドアの前に息を切らしてる歩美が立っていた。








「死んじゃダメだよ零さん!!!!お願い!!!!!生きて・・・・ねえ!!!!」




必死に私に説得を投げかけながら、歩美は私の前へと歩いてきた。
しかし、私の前にある金網が私と歩美を挟んでいる。




「零さん、何があったのか事情聞かせて!!!
 何も言わないで死ぬなんて・・・・悲しすぎるよ!!!!」


歩美の瞳から一粒の涙が、落ちる。





「歩美・・・・・・・」







「零さん、どうしちゃったの!?こんなの零さんらしくないよ!!!!」





「いじめられてそれを苦に死ぬなんてやめて!!!自殺なんか何も良い事ないよ!!!」



私の自殺理由はいじめではなく、右目が失明した事なんだけどあながち間違ってはいない。




「人生はね、一度しかないんだよ!!死んじゃったら全部終わりなんだよ!!零さんは一人しかいないの!!」





歩美の顔がだんだんと歪み、目からも涙がボロボロとこぼれてくる。




「お願い、逝かないで・・・・私を一人にしないで・・・・・・何かあったら今度は私が助けるから。ね?」






「零さんが死んじゃったら、私、一人ぼっちだよ・・・・・寂しいよ・・・・一人ぼっちにしないで・・・・」





「二人で生きていけば、いつか大丈夫になる日が来るよ。約束したでしょ?一生味方って。
 私のせいで、零さん凄い大怪我しちゃったけども・・・・絶対味方だから!!ね?」



「歩美・・・・・・・・・」




歩美の言葉、一つ一つが私の心に突き刺さる。
私もどうすればいいのかが分からなくなる。
よく分からない。戸惑いというものか。





だけど、一晩で絶望の底に追いやられた私を歩美が救い上げてくれる、そんな気が微かにした。







「ごめん・・・・・・・・歩美・・・・・・・」





私は力を失ったようにその場で膝を折り、両手を金網にやる。
私の目からも涙がこぼれる・・・・・見える左目と見えない右目、両方から。
金網の向こうにも私の顔を見て、涙を流しながらこっちを見る歩美がいる。




「ごめんね、歩美・・・・・・・私が・・・・間違っていた・・・・・」



「分かってくれればそれでいいんだよ・・・・零さん!!」



歩美の優しい声が私の心を和らげてくれる。
そこで私は歩美に事実を伝える事にした。これからのために。


私は金網をよじ登って再び、歩美のいる所に降り立ち、
同じ場所で向き合いながら話した。




「私はね、昨日殴られた事で右目の視力を失ったの・・・・・」



「えっ!?じゃ、もう見えないの・・・?」




「うん、もう見えない・・・・・
 だから、いっその事、もう死んでしまおうと思っていた・・・・・昨日もずっと一人で泣いてた・・・・
 この目が一生見えなくて、それでいじめられ続ける運命なら死んでやり直したい・・・・
 右目が見えないのは怖いと感じていたの・・・・」



「零さん・・・・・」


歩美も悲しさと同時に驚いているようだった。



「歩美、正直私は昨日の自分の行動を反省している。私が怒りを押し殺してれば、
 こうなる事もなかったし・・・・・・・」


「そんな、零さんのせいじゃないよ。アイツらが悪いだけで・・・
 でも、私も悪いんだよね。しっかりしないから・・・・零さん、ごめんね」


「ううん、歩美は何も悪くない。確かにアイツらも悪いけど・・・・ごめん、よく分からない」



右目を失った事について、私の中ではアイツらに対して許せないという
気持ちと自分のせいという気持ちが混ざり合っていた。
いや、二つとも存在してると言っていいかもしれないけど言葉に出せなかった。


「でも、そこまで自分を責めない方がいいと思うよ、零さん。
 元はと言えば、繰り返しになっちゃうけどアイツらが仕掛けてきた事なんだし」



「・・・・・・・・・そうね。もう、これについてはあまり考えないようにするわ」


「零さん、視界はどうなの?」



「今の私は半分が見えない。左半分しか見えないの・・・・
 右目が利き目だったから眼帯をしないと不自由・・・・・」



「零さん・・・・・・昨日からずっとそんな状態だったんだよね・・・・寂しかった?」




「うん、寂しかった・・・・・当たり前にあった物をある日突然、失ってしまったから・・・
 歩美に電話でもすれば良かったのかもね」



「そうだよ。零さん、水臭くならないで。また繰り返しになっちゃうけど私がいつでも傍にいてあげるよ」


「歩美・・・・・・」


「私が零さんの世話をするわ。だって、右目が見えないと家事をするのも大変でしょ?私が助けてあげるから」


歩美は胸を張って言った。非常に助かるけども、家は大丈夫なんだろうか。


「でも歩美、お父さんは心配しないの?」


いくら世話をしてくれるのは嬉しいけどさすがに一日中付き合わせるのは嫌だった。
歩美だって、社長令嬢だからお父さんが心配するかもしれないし、一人でやりたい事もあるだろうし。


「平気平気。お父さん忙しくてあまり帰って来ないし。それに言ったでしょ?私は零さんの味方だって」


「そうだったね・・・・・・それに確か、私が訊いたんだった。一生、味方で言ってくれるって。
 情けないね、さっきまで絶望の中にいて、完全に忘れてた・・・・」


初めてこの学校でいじめられた時、二人きりのあの時にそれを言った時の事が一瞬頭を過ぎる。


「もう、零さんったら・・・・・」


歩美も困り笑顔で私の事を見ている。



「ねえ、歩美はどうしてここまで駆けつけてきてくれたの?」




「荻野先生に頼まれたからだよ。「黒條に何かある時支えられるのはお前だけだから〜」って言ってた。
 先生も零さんばかり見てられないからって」


「ふふっ、そう」


私は軽く笑う。
歩美の荻野先生の声真似で思わず笑ってしまう。
私を元気づけようとしてくれてるのだろう。


「それで早速、零さんの後姿を廊下で見かけて何やら屋上に行くから気になって、来てみたってわけ。
 でも、本当に良かった・・・・・零さんが死にそうだったから駆けつけられて」



「もし、歩美が来てくれてなかったらきっと、私は死んでたね」



「そうだよ。本当に・・・・心配させちゃってさ・・・・
 でも、もう大丈夫。これからは私が助けるから。ね?」




「うん・・・・早く自分で生活が出来るように頑張りたい。それまで、いい?」



「それまでとは言わずにどんどん頼って。私も零さんの事、心配だから」



「ありがとう・・・・・・・」


私の目から、また大粒の涙があふれ出そうになる。


「頑張れば、いつかはきっと報われるから。その時まで二人で行こう」


歩美の笑顔と暖かい言葉が私の冷めていた心をホッと温めてくれると同時に希望を持たせてくれる。
右目を失い、絶望に打ちひしがれて死ぬなんて間違っていた。もしも、そのまま死んでいたら今の私はない。
歩美は私の命の恩人だ。歩美が私の希望の光を明るく照らして教えてくれたんだ。


これから先は色々辛い事や大変な事もあるだろうけども、
歩美に助けられながらになるけども、頑張ってみようと私は心に誓った。


同時に私も歩美の力になってあげる事も。今回のような暴力沙汰はもう絶対にしない。
でも、これまで通り私も歩美を助けていこうと思った。


私達の二人三脚の日々は、これからも続きそうだ。







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