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 いつもの店のいつもの席にその女を見つけ、ウィルノーは素早く身だしなみをチェックした。ブランドスーツにのりの効いたシャツ、ネクタイ、ピカピかの革靴。自慢の金髪を軽く掻き上げバックミラーを覗くと切長の瞼の奥に嵌るマリンブルーがこちらを見つめ返した。
 車を降りて店に入ると相変わらずモーニングの時間は忙しいそうだ。小さな店内は席も少なく、客の入れ替りの激しいこの時間は相席が基本だった。
 対応に現れたウェイターにコーヒーと軽食を頼む。ちらりと確認すると、丁度良く彼女は1人で座っていた。
「おはようございます」
 相席良いですか?と声をかけると、彼女は視線だけをこちらに寄越し口の中のものを飲み込むと「どうぞ」と答えてカップに口をつけた。
「失礼します」
 向かい合わせに座り改めて女を見る。
 いつものように流した茶髪を時折気にしながらリゾットを掬う。開いた小さな口にも滑らかな肌にも化粧気は無い。それでいて彼女に華を添えているのはその紫電の瞳だ。
 意志の強そうなその目に見つめられるだけでウィルノーはぞくぞくとするのだ。このところ連敗続きだったが、今日こそは名前を訊こうと決めていた。
 手始めに良い天気ですねと振ってみると、彼女は窓の外を見やり「……そうですか?」と答えた。
 初球から失敗したかもしれない。確かに後に曇るとの予報だ。そう続けると彼女は食事の手を止めて再び窓の外を眺める。
 その横顔にウィルノーは思わず見惚れた。
 ウィルノーは自他共に認める美男子である。今も女性客がチラチラとこちらを見てくるし、正直女に困った事は無い。
 気に入った女性とはほどよく付き合い綺麗に分かれきた。今回もそのつもりで目を付けたのが彼女なのだが、中々どうして気を許してくれないのだ。最初に声をかけたのが1月前、今日で7度こうして向かいあって朝食を食べているが話題が世間話しを逸れると自然に席を立たれてしまう。
 やってきた食事に手をつけながらようやく戻ってきた彼女の視線を待ち受けにこりと微笑む。直ぐに逸らされたがそういうところが良いのだ。こういう孤高な女を屈服させることに意味がある。
 彼女の食事がまだ半分程残っているのを確認し、ウィルノーはとうとう名乗った。
 彼女はスプーンを持った右手をピクリと顫わせ殊更ゆっくりと視線を上げる。
「こうして何度もお会いするなんて僕らには何か縁があるように思えます。どうか貴女のお名前をお教え願えませんか?」
 こう言われて答えぬ者はいないだろう。彼女も少しの間をおいて答えてくれた。
「ビアンカ・ロルスです」
 ビアンカ。ウィルノーは口内で繰り返す。
「素敵なお名前ですね。貴女にピッタリだ」
 そう言って懐から名刺を取り出してビアンカの前に差し出した。
「さぞ無躾だとお思いでしょうが、ご連絡頂ければとても嬉しく思います。今度ディナーでもご一緒に」
「お話中失礼」
 いきなり男が割り込んで来て2人はハッとした。見たこともない男だった。
 何だ君は!?と立ち上がりかけたところに、あろうことか男は「よぅ」と馴れ馴れしくビアンカに声をかけた。
「彼氏か?金髪嫌い治ったようで安心したよ」
「まさか」
 吐きそうだと返すビアンカに唖然とする。すると男は肩を竦め気の毒そうにこちらを見下ろした。
「だそうですよ?申し訳ないがあまりちょっかいかけないでもらえますか」
 男に名刺を突き返される。百戦錬磨にとってこれは大変な屈辱だ。この無礼な男に噛み付こうと腰を浮かせかけたウィルノーに倣うように向かいのビアンカも立ち上がった。
 え、と彼女を見れば、氷のような目に貫かれる。
「ごめんなさい」
 ウィルノーの分も伝票を取り上げ、ビアンカは男を促して会計に立った。


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