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掌伸ばすその先は、



 何よりフォルツを打ちのめしたのは、肝心の息子がニュースを一笑に付した事だった。
 実際、その提言には無理があった。確かに「絶滅」したのは5年前。しかしその何千年も前から純血のヴァンパイアは人の中で暮らしている。人との間に生まれたハーフ、クォーター、その後何代にも渡ってその血は受け継がれて来たのだ。往来を行く民衆全てが未発症体と云っても過言ではない。
 しかしトーシィは違う。
 息子は確実にハーフなのだ。
 トーシィは発症しなかった。しかしその子供、孫、曾孫、玄孫…、ここまでの間に確実にヴァンパイアチルドレンは生まれてしまう。
 ロザイアの血がまた火焙りにされてしまう。
「そんな訳ないだろう。世論だって馬鹿じゃないよ。だいたいあんなのとっくに却下されてるじゃないか。心配しすぎだって。その為のヴァンパイアチルドレン制度だろ?」
「あれは8親等以上未発症でなければ適応されん」
 まぁそうだけど、とトーシィは言葉を濁す。
 火焙りは兎も角、この程度で公国が諦めたとも思っていないが、それにしたって父の心配は度を越している。居もしない孫や曾孫の心配をしてどうなると云うのか。
「……あんまり気を揉んでると胃に穴開くよ」
 それでもフォルツの中で燻る不安は晴れなかった。
 昔、ロザイアが言っていた。
 彼女が子供の頃、純血種はまだ80万人は居たのだそうだ。たったの80万だが、それでも平和に暮らしていた。
 しかしある時期を境にその生活が一変する。みるみる規制が厳しくなり、純血種と云うだけで拘束されるようになった。
 ヴァンパイアチルドレンと違って純血種は一般人との外的区別が出来ない。吸血している現場を現行犯で押さえない限り捕まえようがなかったのだ。
 それがどういう訳か、仲間達は芋ずる式に捕われていく。
 役所が買収された結果だった。戸籍を元に純血種の現住所、血縁、全て洗い出しローラー作戦で狩りをしていたのだ。
 しかしそれは違法だ。ジオや軍など実力社会の場では能力値の高い彼らは重宝されていたから、当然激しい抗議活動がされたし元々反りの合わない皇帝とジオ側とで武力衝突も起きた。
 それでも悪魔狩りは止む気配を見せず、とうとうその人口を3500にまで減らしてしまった。その後どんなに身を潜めようと、公国側は彼らを見つけ出し裁いていく。ロザイアはその激しい追撃から唯一逃れていた個体だったのだ。
 その彼女も、とうとう殺されてしまった。
 そしてフォルツは思うのだ。最初の一手を砕かれた皇帝は、暫く表立った動きは控えるだろう。水面下でジワジワと刃を研ぐ為に。
 そう。突然悪魔狩りが横行するようになったのは、今の皇帝に交代してからだった。即位の際に清く正しい世界に変革させると宣言したらしい。
 それはともすれば世界王への戦線布告とも取れる危険な発言だ。ヴァンパイアの粛清はその為の布石かと云う声もある。
 恐ろしいことだった。
 対ジオの為なら公国はどんなことでもする。
 手始めにヴァンパイアの血を絶つつもりなら、純血種だけでは収まらないだろう。近い内にヴァンパイアチルドレンが、そしてフォルツが死ぬまでの間に未発症体にも手が伸びる。
 毎夜成長した息子の寝顔を眺めながら、あの時の断末魔が耳を付く。
 どうすれば良いのだろう。

「……何だって?」
「クローンだ。お前のクローン体を作ってそいつを殺す。そうすればお前は死んだ事になる。死んだ人間を捕まえる事は出来ない」
 最果に位置する科学国家エストリカならその技術もある。ルーヴェイの寄越した金はほぼ手付かずだ。これで。
「…………ない…」
「? 何だ?」
「冗談じゃない!馬鹿馬鹿しい!」
 トーシィはギロリと父を睨み付けた。



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あきゅろす。
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