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 一見つるりとした外装だが、アリシュアは手慣れた様子で操作盤の蓋を開け、モニタ画面を起こした。電源を入れると起動メロディが軽やかに鳴る。
 数秒待たされ画面に現れた計器表示に従って操作盤で微調整を行った。動く、と言い切ったものの暫く使っていなかったのには変わりないのだ。
「どこに繋げるんですか?」
 無邪気な問いだ。アリシュアは覗き込んでくる青年を顧みて僅かに苦笑した。
「相手一人に固定してあるから」
 当然誰かと尋ねられたが、直截的に答えられずにはぐらかした。
「私の秘密を知っている人」
「秘密って……」
 キースレッカはじっとアリシュアの後頭部を見下ろす。
「その秘密?」
「まあ、そんなとこ」
 床に置いた瓶からグラスに注がれ、礼を言って一口舐めた。
 キースレッカは少し考えてぱんと手を打った。これだろうと自信ありげに言う。
「アルさんですか!?」
 アリシュアは一瞬きょとんとしてしまった。アルフレディン・ジェーミー。もう懐かしいと感じる名前だ。確かに奴は全て知っているが……
「ブー」
「えー……」
 また考え始めたキースレッカを背に、アリシュアは通信ボタンを押した。
 けれどモニタ画面には今度もまた「通信に失敗しました」と無情な文言が表示されてしまった。
「…………繋がらないですね」
「…………」
 予想していた結果ではあるが、やはり残念だ。仕方なく通信を終了させ、電源を落とした。
「向こうが主電源を切ってるみたい。暫く出かけてくるって言ったのを最後に繋がらなくなっちゃってね、私も心配してたんだけど、人伝に変わらずやってるって聞いて……やっぱり駄目だね」
 取り敢えず一二月と聞いていたから、それを過ぎても繋がらなくて首を傾げはした。面倒事に巻き込まれたのかな、と心配するくらいだったが、それが半期、一期、半年と経るごとに嫌な予感がむくむくと育っていったのだ。
 夫には確かめに行ってもいいよと言われたが、当時息子はまだ小さく、家を空けるのは躊躇われた。
 次第に諦めていったが、その不安もついに先日決着を見ることが出来た。「会えない」と言われても、無事に生きているならそれでいい。
 床に座り込んだまま、アリシュアはキースレッカを見上げる。
 アリシュアの消沈を察したのか「すいません」と詫びてくるが、もういいのだ。すっと立ち上がり背伸びをし、更に手を伸ばして青年の金髪を撫で回す。
「よしよし」
 酒の入ったグラスと瓶を拾い上げてリビングに戻る。クエスチョンマークを浮かべたキースレッカが髪を直しながらついてくる。
「片付けは俺がしておきますから、風呂にでも入ってて下さい」
 先程テーブルの上は片付けたがシンクはそのままだ。その始末は任せろというので後を任せ、アリシュアは風呂場へ向かった。
 体を洗い湯船に浸かりながら先程出た懐かしい名前に小さく笑う。
 血色の悪い肌にぼんやりとした目。その下には濃い隈がずっと居座っていた。大食らいのくせに骨が浮くほど痩せていて栄養は全て脳に行っているとよく言っていたものだ。
 自分で言うだけあって彼はすこぶる優秀で、随分と助けられ、叱られものだ。懐かしい。
「…………」
 湯気で濡れた天井からぽたりと額に滴が落ちてきて鼻の脇を伝って流れ落ちた。
 雫は立て続けに落ちてきて頬を流れ、顎に伝う。湯船に還った水はもう天井まで昇るだけの力はない。
 アリシュアは大きく息を吸うとざぶんと湯の中に潜った。
 風呂から上がって体を拭いていると、洗面台の鏡に映る自分の裸体が目に入った。知らない者が見ればぎょっとするような古い傷跡がいくつもある。
 髪から滴り落ちた雫がだらだらとそれらの上を流れ、温まった体から熱を奪っていく。アリシュアはぶるりと身を震わせるとバスタオルを頭から被って乱暴に髪を拭った。





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あきゅろす。
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