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 息子の食事の世話を焼きながらフィーアスは壁掛け時計を見る。あれからもう一時間半が経とうとしていた。
 フィーアスが引き下がって10分もしないうちに一同は二人の客人を伴って戻ってきた。ランティス・カーマともう一人の若い男はケイキにがっちりと腕を取られており、その様子は「招待」というより「連行」といった感じだ。そのまま飲み物も食事も断って離れの客室棟に籠ってしまったのだ。
 官舎のフィーアスの部屋と比較しても、この家の総面積は家族五人で暮らすには不必要なほど広い。ライフライン制御室を含めれば地下四階地上三階。どの空間も広々としており、各個室が続き二間になっているのも要因だが、二階2LDKの客室が十部屋あるのも一因である。
 客室はトイレ、バスも完備しておりベランダも付いている。外へ直通する玄関がないだけで普通に暮らしていけるレベルなのだ。建てた当初は三人家族だったのだのもありここまで必要なのか甚だ疑問だった。今はもう慣れてしまっているし、もしもの時は城側の人間が何人も常駐する事態になる恐れがあるからと説かれたのだ。更に言うなら紅隆の個人所得の税金対策の結果でもあった。
 客室のキッチンには最低限の用意もあるから必要ならコーヒーくらい自分たちで淹れられる。トイレに出てくることもない。
 終わるのを待つしかなかった。
 食事を終えて片付け始めた頃、全く別のところから人が現れた。ザガートである。
 この家には書斎の奥にあるドアと同じ仕掛けが他にも二ヶ所ある。玄関脇に官舎と繋げた一枚と地下一階の月陰城中央口に繋がる一枚である。
 西方の者たちなら西殿執務区画、プライベートルームを経て書斎から出入りするが、他所の者たちは中央口から入ってくる。自分たちの棟から西殿の第五棟へ行くより中央口の方が断然近いからだ。
 ザガートも同様で地下への下降階段の方からやって来た。その表情は硬い。
「……いらっしゃい」
 テーブルの上を拭いていたフィーアスは手を止めて世界王東殿を出迎えた。
「ランティス・カーマが来ているそうですね」
「え? ええ……コーザさんたちと客室に籠ってしまって。もう二時間以上経ちますが……」
 そう言っている最中、話が終わったのか全員が客室から出てきたようだ。複数の足音が近づいて来る。
「ザガート」
 先頭に立っていたコーザがその銀髪を見て声を漏らした。
「何だ、本当に来たのか」
 ザガートが振り返り、コーザの後方にいたカーマが「へぇ」と笑った。
「随分雰囲気が柔らかくなったじゃないか。……今日はご機嫌斜めのようだが」
「…………」
「しかし意外だな。お前なら同期の世界王を殺させてさっさと義父の元へ帰るものだと思っていたのに」
 この時フィーアスはおかしなことに気付いた。
 先ほどインターホンで応答した際、カーマは確かにサンテ語を話していた。けれど今は流暢にゴルデワ語を喋っている。
 ゴルデワ語の必修義務のある者を全員知っている訳ではないが、彼が外務庁員ですらないのはさすがに判る。
 外務庁員でこの家に来るといったらタインかアリシュアだが、フィーアスでなく世界王紅隆に用があるなら外務庁を通す筈だった。
「残念なことに易々と殺されてくれる奴がいなくてな」
 ロゼヴァーマルビットが足に絡みついてくる。フィーアスでも場の空気がピリピリしているのが分かった。
 そんな緊張状態に横槍を入れたのはヴィンセントだった。ぱんぱんと手を叩き注目を集めると今戻って来たばかりの奥を指差す。
「積もる話があるなら奥へ行け。迷惑だ」
 カーマの要望を得てケイキも同席することになり、三人で再び引っ込んだ。残った面々もヴィンセントがさっさと仕事に戻ってしまったのでコーザと青年だけになってしまった。青年はかなり手持無沙汰そうである。





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あきゅろす。
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