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 久しぶりに残業が一時間で済んだのこの日、フィーアスはワゼスリータと共に台所に立っていた。リビングではケイキがゼノズグレイドとロゼヴァーマルビットを膝に乗せて毎週土曜のこの時間に放送するヒーローアニメを見ている。
 明日は無事に休みだし今夜は少し手の込んだものを作ろうと張り切っていた。
 そんな時来客を告げるチャイムが鳴る。
 インターホン越しに応答するとモニタに男が一人で門前に立っているのが映った。
『ご主人は御在宅でしょうか』
「申し訳ありません。今日は仕事で戻らないと聞いております」
 しかし男は引き下がらなかった。
『お忙しいのは重々承知しております。ですが至急面会したいので、呼び出して頂けませんか?』
 ここにきてようやくフィーアスは変だなと思い始めた。
 そもそもこの家で夜半見知らぬ男に「ご主人に会いたい」と言われることからして妙だった。
「……失礼ですがどちら様でしょう?」
『これは失礼を』
 男は無礼を詫びるとランティス・カーマと名乗った。けれど当然ながらフィーアスの疑問が晴れた訳ではない。
「どうしました?」
 不審に思ったらしいケイキが声を掛けてくれた。フィーアスは受話器を押さえて手短に事情を説明する。
 モニタ画面を覗き込んだケイキが「ん?」と反応を見せた。
「貴方がカーマだという証拠は?」
 向こうの音声をスピーカー出力にし、フィーアスから受話器を受け取ったケイキが門前の男に質す。画面では応対が男声になったことに男がわずかに反応したが、それも直ぐに戻った。
 男は少しの間首を捻って考えている様子だったが『これはどうでしょうか』と人差し指を立て、べらべらと呪文のようなものを唱えだした。
『613548432174679545978311548972832174……』
「分かった、もういい」
 数字の羅列を途中で中断させたケイキは一言フィーアスに断ってから門の開錠ボタンを押した。
 男を出迎えに立つケイキの後ろについてフィーアスも玄関を出る。しかし門の手前でここで待つようにと言い渡されてしまった。ケイキがひとり、口を開けた門の向こうに立つ男の元へ進む。
 んん?と男の上げる声がフィーアスの耳にも聞こえてきた。
「……見た顔だな。確か……」
「元填黄方のケイキ・フォンシュピッツヴェーンだ。なんでお前がこんなとこからやって来る?――――!」
 門の向こう、右手を見てケイキの足が一瞬止まり、直ぐに塀の向こうに消えた。
 向こう側から話し声が微かにするものの内容までは聞き取れない。夜の冷気に晒されながらケイキが戻ってくるのを待っていると、突然ドン!という大きな音がした。慌てて門外へ飛び出すと、ケイキの右手に口を塞がれた男が白いバンに背中から押し付けられている光景が目に入った。更にどこに隠し持っていたのか彼の左手には銃が握られ、フィーアスの方に銃口が向けられている。
「フィーアスさん、紅隆を呼んできて下さい。大至急」
 硬直してしまったフィーアスはその台詞で息を吹き返した。向けられた銃口を辿って後ろを振り返ると、門を挟んだ位置にバンと向かい合うように軽乗用車が止まっており、若い男が運転席から半身を外に出した状態で静止している。
「早く!」
 声に押し出され、フィーアスは転がるように身を翻した。
 幸い夫は執務室に居た。焦った様子が効いたのか事情を聴くと紅隆はヴィンセントを引き連れて直ぐに現場へ駆けつけた。
 門の外は先程と寸分変わらぬ状態が保たれている。はらはらとしながら後ろに付いて行くと、事態を一見した夫はフィーアスに中に戻るように命じた。
「夕食の準備の途中だったのでしょう? ワゼスリータが困っていますよ」
「でも……」
「大丈夫。怖いことにはなりませんから」
 あやすように頭を撫でられただけで抗う気持ちが溶けていく。フィーアスは言われるままその場を後にした。





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あきゅろす。
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