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 大規模な道路改修工事が行われていた。
 しかしそれはアリシュアの望みでは決してない。
 当然だ。その工事は彼女の脳内で行われているのだから。
「………………」
 完全に二日酔いである。
 頭はガンガン鳴り響き、電話の音でも脳内に響く。
 こんなふうになるのは随分久しぶりだ。
 昔、キースレッカの父が存命中は顔を合わせれば三分の一は酒の話になったので、流れで飲んでこうなったものだ。
 当時と違って二日酔いの頭に延々説教を聞かされることはないが、代わりに背負ったものも多い。
 今現在その最たるものが「出勤」である。
 この課題はどうにかクリアしたものの頭が痛くて仕事に手が付かない。ファレスにも酒臭いと指摘された。さすがに平日にあのクウインドの倅相手に本気で飲むのは不味かった。
 薬は飲んだものの効いている気がしない。
 絶不調の中なんとか午前のノルマを終わらせる。この頃になるとさすがに大分回復してきた。
 昼食に立とうとしていたところ携帯端末が鳴る。ランティスからだった。
 最初にアリシュアが二人に渡した一つでは不便だとしてランティスは新たに端末を贖ったのだ。ただしこちらは当然ごく一般的なもである。
 何の用だとぶっきらぼうに応えると面白がるような声が「二日酔いか?」と尋ねてきた。
「うるさい」
 いい歳してキースレッカに面倒を掛けるなと注意されてしまった。自覚している分、改めて言われると気落ちする。
 今朝のことである。
 気を利かせたキースレッカが日が昇る前に起こしてくれたのだ。
 用意のなかったアリシュアは化粧をしたまま、服もそのまま。シャワーと着替えに家に戻るのだってキースレッカに運転してもらう始末。さらに朝食を用意してもらったうえ宮殿まで車ごと送ってもらったのだ。
 キースレッカは生まれた時から母親はいないに等しく父親とも同居というには程遠い生活を送ってきた。そのためか独立意識が強く、周囲の支援に甘んじることを良しとせず、自分の身の回りのことは一通りできる子に成長した。二日酔いのアリシュアのためにと用意された軽めの朝食はその事実を再確認させると同時にあの子の孤独を浮き上がらせたのだ。
 映像通信に切り替えろと言うので同僚たちの耳目を気にして席を立ち、廊下を外務庁の奥へと進む。どの省庁にもある非常階段までやってくると、防火扉の中には入らず冷たいステルス性の壁に背中を預けた。
 念のためイヤホンをつけ映像通信を立ち上げる。端末画面上にランティスの顔が現れ、直ぐに反転した。
 映し出されたのは三人の男だった。
 背景の奥には林だろうか、密集する木々がちらりと見える。
 薄灰色の作業着姿の男たちはいずれも首を垂れ、小型バンなのか白い車体に背中を預け足を投げ出している。
 これを持っていたというランティスの声がして彼の手に収まって映し出された黒い塊にアリシュアは息を飲んだ。
 銃である。
 これでアリシュアの体内にしつこく残っていたアルコールが一気に分解された。
 すっと頭が冷える。銃の型式を推察するランティスの声が遠い。
「……そいつらどうしたんだ」
「なに、ちょっとお寝んねしてもらっているだけだ」
 ランティスの手が伸び、一人ずつ顔を持ち上げ端末に映していく。どれも見覚えのない顔だった。
 銃はずぶの素人が持つものではない。男たちは少なからず訓練をしている筈だったが触られても起きる気配はない。
「そこは何処だ」
 回答を聞くとアリシュアは通信はそのままに廊下を駆け戻る。
 第一執務局では昼を返上した職員が半数以上仕事をしていた。それを尻目に鞄を引っ掴み「外出してきます」と叫んで執務局を飛び出した。が、直ぐに思い直して舞い戻り、机の中からホチキスで止められただけの冊子を取り出して鞄に捻じ込む。
 あとはもう後ろも振り返らなかった。





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