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 高級レストランの難点はその多くが客に正装を求めることだ。
 舌にも目にも美しいものを饗しているのだからそれ相応の恰好をして来いと言う訳だ。
 そしてそういったレストランは高級ホテルに併設されていることも多く、今回、ランティスとキースレッカが宿泊しているホテルにもその手のレストランがあった。
 しかし彼らはそこには一度も足を向けなかった。
 男二人、もしくはアリシュアを含めたメンバーで正装して食事をする意味が全くないし、そもそもそれだけのために衣装を整えるのも無駄と感じたからである。
 アリシュアを通じて入手したカードでなら三人分の衣装を用意するなど造作もないことだが、前述の理由からその考えは全くなかった。
 高級レストランでなくても十分旨いものを食べられたのだ。
 ここ数日はランティスが弟子の指導で戻りが遅く、キースレッカは一人で食事を摂っていたが今夜は違った。
「……えっ、何泣いてんすか」
 旨い酒と料理に舌鼓を打ちいつものペースでどんどん瓶を空ける。向かいではアリシュアも同様にしていたのだが、突然その瞳からぽろりと涙が零れてキースレッカを驚かせた。
「だって……」
 アリシュアはフォークを持ったまま涙を拭う。
「キースが酒飲んでんだもん……。昔は匂いだけでも気持ち悪いとか言ってたのに……」
 いつの話だ。
 生憎外見以外でも亡き父の血を濃く継いだようで、再会する先々で同じような指摘を受けてきた。
 その最大の恩恵が酒の強さだろう。職場の飲み会などで無理矢理飲まされても潰れて醜態をさらすことがない。それが逆に「つまらん」と言われてしまうのだが、こればかりは体質なので仕方なかった。
 対するアリシュアも酒は強い方だがキースレッカの父には及ばなかったように記憶している。よく父と飲み比べをしていたが相打ちだったことはあっても父が先に倒れるようなことはなかったようだった。
 常人からすれば結構な量でも酒豪に分類される自分たちにはまだまだ余裕だったはずだが、どうしたことかアリシュアは皿を避けたスペースに伏して「酔ったぁ」と声を上げる。
「何言ってるんです。さっきもう一本頼んだでしょ、開けるの手伝ってもらいますからね」
 言いながらグラスを傾ける。
「ねえキース……、頼んだら私のこと女として抱いてくれる?」
 キースレッカは今まさに飲み込もうとしていたウイスキーを全て噴き出した。咳き込んでいると新たなボトルを持ってきたウエイターが駆け寄ってきて介抱する。奥からもう一人店員がやって来て酒の飛び散ったテーブルや床を拭いて行った。
 身を起こしたアリシュアはその様子をぼんやり眺めながら自分の酒を片付ける。
「ちょっと!!」
「冗談だって」
 復活したキースレッカの文句を一蹴した。
「ごめんてば。さすがにセクハラだった。それに相手があんたじゃ、キースに抱かれてるのかクウインドに抱かれてるのか分かりゃしないし、ミトスに申し訳ないしね」
 じろりと相手を睨んだキースレッカだが様子がおかしいのを察したのか、届いたばかりのボトルに手を伸ばす。
「家族として抱き締める分には一向に構いませんよ」
 空になった二つのグラスに酒を注いで何かあったのかと問う。食事の誘いも急だったのだ。
「……ちょっと嫌なことがあって、いろいろ思い出しちゃってね」
 組んだ手に額を乗せてしまったのでアリシュアの表情は見えない。けれどその苦々しげなか細い声は、店の喧騒の中キースレッカの耳にも届いた。
「……嫉妬してるのは私の方だ……」
 肩が震えている。
 こんなに肩の細い人だったろうか。
 それとも自分が成長したからそう見えるのだろうか。
 この夜、結局アリシュアは酔い潰れてしまい、キースレッカは借りているホテルの自室に彼女を招き入れ、ベッドを譲った。





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