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 昼時になると食堂には各庁の職員がわらわらと集まってくる。全庁を受け入れるので建物をまるごと一つ使って飲食ビル化しており、各階それぞれにテイストの違う料理が出されるのだ。
 少し遅めの昼食にありついた男女の二人組みは、七階でステーキを突いていた。「何食べようか」と訊いたところ、過労で蒼くなっていた男の要望でここになったのだ。
 何故呼び出されたのか何となく察していたフィーアスは、予想通りの事を言われ少し困った。スープカップに入れたスプーンをくるくると回し、同期の友人の懇願を聞いていた。
「…………毎日のスケジュール表でも出してもらえばいいの?」
「フィーアス、俺は真面目に言ってるんだ」
 ぐさりと肉にフォークを突き立て、タインはぎろりと向いを睨みつける。
 事の起こりは昨日の世界王のゲリラ訪問だ。
 訪問と言っても本人の弁の通り墓参に来ただけのようだが、何の前触れもなく現れられては困るのだ。事実、紅隆が来ていると聞いて元老院のレニングスは卒倒した。以前足蹴にされて顔を踏み付けられたのがよほど屈辱だったらしく、日々紅隆について悪口雑言撒き散らしている。その癖本人が近くにいると聞いただけで硬直してしまうのだ。無様だとタインも思う。しかしそんな男でも、元老院なのである。
「分かったわ。どんな理由であれ、来るのなら連絡をしてくれるよう要望として伝えておく、けど……」
 萎んだ言葉尻に反応してタインは顔を上げる。肉を咀嚼しながら「けど?」と訊ねた。フィーアスも口の中のハンバーグを飲み込んで、うん、と実に言いにくそうにしてから口を開く。
「コーザさんには、そんなのあまり意味のないことだと思うなぁ……って」
 ゴルデワの世界王西殿、紅隆。彼の御世(紅隆を含めて世界王は四人いるそうだが)になる前と後では、決定的に違うことがひとつある。タインもそんなことは先刻承知の上で彼女を呼び出しているのだ。
 通常、ゴルデワと我がサンテは行き来不可の異郷だ。特殊な磁場の関係などを除いて交わることのない両者を唯一繋いでいるのが『大門』と呼ばれる転移門だった。長らく開かれることのなかった大門が再び口を開けたのが先代の頃に起きた大火災の時。世界王側も前政権時で、占拠されるようにして開門状態のまま固定されてしまった大門からはゴルデワ政府の救援隊が駆けつけた。以後、当時の世界王グランディークが来るたびに開けられた門は、今また硬く口を閉ざしている。
 にも拘らず、紅隆はやって来るのだ。ゴルデワから。
 紅隆は門など使わずとも、瞬きするのと同じくらいの気安さで空間をこじ開ける事が出来るのである。
 タインはフォークを握ったままの右の拳を額に強く押し付けた。
「気休めでも何でもいいんだよ。兎に角元老院の恐怖を煽るような事は避けたいんだ」
 一番良いのはゴルデワ側が完全に手を引いてくれる事だが、ここまで来てそうは成るまい。紅隆は元老院制の完全廃止を求めている。決定的証拠を押さえられているので突っ撥ねる事も出来ない。
 そうね、とフィーアスも同意した。以前夫ら西殿一派から元老院の不要性について訥々と語られたことがあったが、サンテ人としては素直に呑めない内容だった。心情的に難しいのである。
 彼らが聞くとは思えなかったが、胃潰瘍でも起こしそうな友人の頼みを無碍にするのは忍びなかった。
 請け負ったフィーアスの手を取り、タインは真剣な顔で身を乗り出すと「頼む」と搾り出すように言った。
 真正面からあの男と敵対するには、今のサンテでは貧弱すぎる。こんな時だけ、フィーアスと紅隆の政略結婚を有り難く思うタインは、己れの情けなさを肉と共に味わった。





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あきゅろす。
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