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 ヴァルセイア・コクトーはアリシュアにとって決して会いたい相手ではない。それは向こうも同じだろう。
 しかし内閣府と外務庁という違いがあるとはいえ同じ宮殿内に居るのだ、鉢合わせてしまうのも仕方のないことだった。
 彼女の結婚話を聞いてから十日程経った午後。
 廊下で同僚と別れ一人、アリシュアはエレベータの到着を待っていた。これから総務省、国土省、防衛庁へ書類を届けねばならない。
 世界王が襲来してからこちら、外務庁の仕事内容は大幅に増えた。
 何しろゴルデワという野蛮な国があるのは国民が皆知っていたが、それがどういう国なのか古い文献が残っているだけで誰一人知らなかったのだ。
 加えて当時は未曽有の災害に見舞われている最中の大混乱期。現れた世界王に半ば従わされながらなんとか復興し始めてようやく外務庁は本格的に動き出したのだ。
 この辺りのことはアリシュアも資料を読んで細かな情報を得たが、この当時から現在までずっと第一線に立っているのがヴァルセイアである。
 ゴルデワの世界王も神も外務長官も次の世代へ交代する中、彼女だけは激流の中で残り続けている。
 それだけでも立派なことだと思う。
 だが、それとこれとは話が別だ。
「!」
 ようやく到着したエレベータが口を開ける。すると中に先客が一人、よりにもよってそのヴァルセイアだった。内閣官房長官が秘書も付けず一人でいるとはどういう訳か。
 当のヴァルセイアもアリシュアの顔を見て驚いた様子だったが、プライドがそうさせたのか直ぐに表情を引っ込める。
 躊躇するアリシュアに「どうぞ」と乗るよう促した。
 上昇を始めた二人きりのエレベータ内はとてつもなく空気が重かった。
 それぞれ目指す階は随分上だ。止まるまでこの状態が続くのかと思うと息が詰まる。
 あんたもこうなるのが分かってたんだから責任とって何か喋れ、と隣に向かって念じてもエレベータの機械音が微かにするばかり。仕方なくアリシュアの方から口を開いた。
「ご結婚が決まったそうですね。おめでとうございます」
 顔を見る気はさらさら無かったので真正面を向いたまま頭を下げる。
 自分でも白々しいと思った。
 言われた方もそう思ったのだろう。癇に障ったのか、一瞬、空気が張り詰める。
 ヴァルセイアはふんと鼻を鳴らしただけでこれには応えず、代わりに以前内閣府に対しコルドからアリシュアの推薦があったことを語った。
「けれど私の一存で退けました。外務庁で優秀とはいえ、内閣府で通用するという証左には成り得ませんから…………ご不満ですか?」
「とんでもない。適切な判断であったと思います」
 睨まれているのが分かったがアリシュアは無視した。
 階数掲示板の数字が次々と変わるのをちらりと見る。まだ着かない。
「当然です。そもそもフェルニオがどういうつもりで貴女を取っているのか知らないけど、私は素性の不確かなものを部下に据えるつもりは毛頭ないわ」
「私の経歴に何か疑問でも?」
 ヴァルセイアは先程よりもはっきりと隣の女を睨みつけた。いけしゃあしゃあとはこのことだ。
「書類上は完璧でも人の記憶までは誤魔化せないわ。貴女の故郷で貴女を知る人間は一人もいないじゃない。――どうやって取り入ったか知らないけど、身体で職を得たような人に内閣府を穢されて堪るもんですか」
 振動と共にエレベータが上昇を止め停止する。固く口を閉ざしていたドアが滑らかに開いた。
 ここではじめてアリシュアはヴァルセイアの顔を見る。
 憎悪すら窺える表情にいつのも冷徹さはまるで無かった。
「貴女の結婚だって、元老院との関係強化を身体で買っているようなものでしょ」
 なんですってと食って掛かる相手を無視してアリシュアはエレベータを降りる。
「女の嫉妬は醜いものね」
 無情にドアが閉まった。





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あきゅろす。
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