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 アリシュアが耳にしたときには既にその噂は宮殿中に広まっていた。
 このところ各省庁を行ったり来たりし執務局に留まっていても黙々と仕事を熟していたので、誰もわざわざその手を止めさせてまで話に付き合せようという者はいなかったのだ。いや、殺気立ったアリシュアが怖くて近づけなかったと言った方が真実に近いだろう。
 通常業務と並行して対磁力場案件関連の雑務をしているのだ。さすがのアリシュアもその必要業務の量と対応部署の渋りように苛立ってきて、殺気立つのも仕方なかった。
 それでもイリッシュを抱き込んだのは大きかった。門前払いを食わなくなっただけでも大きな進歩である。
 そんな折、廊下の隅で人を避けるようになされていた小声を聞いたのだ。
 声の主はアリシュアの上司、外務庁副長官のタイン・イーガルと内閣府のヤエン・キンヴァレイだった。
 この二人と厚生労働省のフィーアス・ロブリーとが親しい友人だというのは有名だ。大学時代の先輩後輩で、当然のように宮殿でも1期違い。
 ゴルデワ側が介入してきて以降、サンテ政府がどうにかこうにか連携していられるのはこの三人がそれぞれ潤滑剤になっているからではないかとアリシュアなどは思う。
 外務庁と内閣府の情報伝達もタインとヤエンを介せばスムーズに行われるし、紅隆と結婚したフィーアスからはゴルデワ側の情報が入る。まあ、実情はそう簡単ではなかったのだが。
 対ゴルデワ事案もありヤエンが外務庁に来るのもそう珍しいことではなく、その場合タインかコルドが直接対応するのもいつものことである。
 応接室でも使えばいいのにと思いながら通り過ぎようとしたところ耳に入って来たのが次の台詞だ。
「ヴァルセイアがついに結婚を承諾したよ。お蔭でアミンは馬鹿みたいに機嫌がいい」
 タインの唸り声がする。
「…………結婚自体はべつに構わないが、何も元老院の遠戚でなくとも……」
「外務庁には悪いが、内閣府では寧ろ後押しする向きが多いな。西殿への反抗運動のひとつだ」
「お前は賛同しているのか」
「怖い顔をするなよ。フィーアスのときと一緒さ。ヴァルセイアが幸せになれるなら相手が誰であろうと口を出す問題ではないと思っている」
 アリシュアが聞いたのはそこまでだった。人が通りかかったので立ち聞きを断念したのだ。
 この話は少しばかりアリシュアに衝撃を与えた。なんとなく、彼女は独身を貫くのではないかと思っていたのだ。
 しかしそれは一方的な考えに過ぎなかったようだ。自分がいい例ではないか。
 自分の席について仕事をするでもなくぼけっとしていると、同僚たちからこの噂を改めて聞かされたと言う訳だ。
 外務庁ではこの噂は賛否両論だった。
 ゴルデワの反応を恐れる者は結婚反対を、ゴルデワの介入を快く思わない者は結婚賛成をそれぞれ唱えているのだ。
 ケイティ・アミンは元老院の紅一点で美貌自慢だ。何人か成人した子供がいる筈だが、夫を亡くしてからは再婚するでもなくボーイフレンドをごっそり作って遊興三昧。ただし彼女はその遊興を自腹で行っているのでまだいい方である。
 外務庁は世界王から直接元老院制度の廃止を要求されている。
 けれど最終的に制度廃止を決定するのは内閣府だ。その内閣府の長であるヴァルセイアが元老院と縁戚関係を結ぶとなれば、暗に「元老院廃止案は無効」と言っているようなものだった。
 キンヴァレイの言うように「本人が幸せなら」では済まされない問題だ。
 だがアリシュアには興味がなかった。驚きはしたが、それだけだ。
 この日、コルドとタインが連れだって厚生労働省へ向かった。恐らくこの話がゴルデワに漏れないようフィーアスに口止めするのだろう。
 しかし、ゴルデワ側が密偵を入れていないとでも思っているのだろうか。呆れてしまう。


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